FEATURE
【創刊10周年特別企画】ISSUE 5「夢への歩み」平野歩夢インタビュー〈第6章〉家族の想いを胸に
2026.08.17
幼い頃から、歩夢の隣にはいつも兄・英樹がいた。
初めて海外へ行ったときも、初めて国際大会に出たときも、憧れの國母和宏と出会ったときも。同じ夢を追い続けた兄の背中を、歩夢はずっと見て育ってきた。
やがて兄弟はそれぞれの道を歩み始める。それでも、「英樹や海祝の分まで頑張らないといけない」と語った19歳の歩夢。そして父・英功さんが、息子たちに金メダルよりも大切だと伝え続けてきたこと。
平野歩夢というスノーボーダーを育んだ、家族の物語。
※以下、2018年に綴った言葉をそのまま掲載
EPISODE 6
家族の想いを胸に
10年あまり前の2007年秋。歩夢を知ることになったキッカケとして、当時ジュニアで頭角を現していた兄・英樹の存在があった。前職時代、英樹の話を中心に三男である海祝も含めた3兄弟、そして両親を取材して平野一家を特集。英樹が12歳、歩夢が9歳、海祝が5歳の頃だった。
その後、2011年5月に米カリフォルニア州に位置するOAKLEYの本社で英樹と歩夢と初めて顔を合わせることに。当時高校1年だった英樹は笑顔で挨拶してくれたのだが、それとは対照的に中学生になったばかりの歩夢は表情を緩めることなく筆者のことを凝視していたのを強烈に覚えている。その後もBURTONジャパ
ンや彼らの地元・村上で会うなど、歩夢の隣には常に英樹がいたわけだ。
「英樹が言われていることを自分でも聞いて、英樹がやってることを見ながら、英樹の後ろをずっとついてきました」
ソチ五輪の直前に行ったインタビューで歩夢は、英樹に対してこのように話していた。このときに父・英功さんに歩夢の幼少期について話を聞いていたのだが、「あまり喋らないというか、感情を表に出さない子でした。黙々とずっと何かをやっている感じでしたね。英樹を怒るときは歩夢も横にいて、小さかったから言
葉もあまり理解していないと思うんですが、一緒になって“うんうん”って横でうなずいてました(笑)」
さらに、兄弟関係についても次のように語ってくれていた。「これまでスケートボードやスノーボードに取り組んできた過程において、どちらかというと長男である英樹とともに歩んできました。長男を大事に育てることによって、次男も同じ環境で成長していく。英樹が歩夢にとっての見本であり、英樹があっての歩夢なんです」
「特に小さかった頃は厳しかったですね。“今日は何言われるんだろう”とかずっと考えていたので、滑りに行くときの車の席も考えて乗ってました(笑)。トリノ(五輪)とかX GAMESの映像を見せられてるときに英樹は、“前来いよ!”って言われたりしてたんですけど、オレはそれを後ろから見てただけなのに“英樹を見てればわかんだろ!”って怒られたり……。滑る順番も気にしてました。休憩してるフリをして英樹を先に行かせて、お父さんと英樹が話してる隙に見られないように滑ろうって感じでした(笑)」
歩夢は兄が怒られていることや褒められていることを予習して、自ら取捨選択しながら賢く生きてきたのだろう。その手本となった兄はジュニア時代からトップをひた走り、13歳のときに東京ドームで行われた国内最大規模の世界大会「X-TRAIL JAM」に出場できるほどの実力者だったのだから、これほどまで素晴らしい環境はないということだ。
このように英樹なしに歩夢を語ることはできない。兄弟であることはもちろん、同じ夢を抱きながらともに歩んできた同志でもあるからだ。
「ずっと一緒にやってきましたね。海外へ初めて行ったときも、初めて海外の大会に出たときも、それこそ憧れてたカズくんに会ったときも、すべてオレひとりじゃできないことを一緒にやってきてくれた存在だから。今でも、オリンピックが終わった次の遠征に英樹も行かないかなって思うことがあります。大会だったりオリンピックだったり同じ夢を目指してやってきたからこそ、今でも英樹と一緒にやりたいと思ってるし、一緒に(オリンピックに)行きたかったって気持ちは正直あります。オレがケガをしてるときに(SAJ)全日本(選手権)があって、その大会でナショナルチームに入れるかどうかが決まるんですけど、“フルで攻めたけどダメだった”って英樹が言ってたんですよね。でも、オレも自分のことで精一杯だったし、英樹もそうだっただろうし。そのあたりからお互いがすれ違ってるような違和感はありました。でも、英樹が夢を諦めて違う方向性に切り替えようと考え始めた瞬間から、“オレがやらなきゃ”って気持ちが強くなったんです。海祝も同じように(平昌五輪を)目指していたけど出られないから、兄弟の分まで頑張らないといけないって気持ちはものすごくあります。オリンピックでは滑りに集中して、英樹や海祝にいい刺激を与えられるような結果を残したいですね」
兄弟の絆。どんな人生を歩んでいようが少なからず、その絆は存在するだろう。兄弟にしか理解し合えないこともたくさんあるはずだ。彼らは若かりし頃から親元を離れて世界中を転戦し、ともにオリンピックという大舞台を目指してきたからこそ、その絆は特別なものに違いない。
「お互いが(同じ道を志して)滑ってたときは自分が抱えてる悩みとかストレスとか、そんな話はしたことがなかったんですけど、今は人間関係とかも含めてスノーボード業界のことを英樹が一番よく知ってるから、そういう話もするようになりました。難しい技を練習してて悩んでるときに相談に乗ってもらったりすることもあります。オレはスノーボードの話ばっかりしてるんですけど、英樹は仕事の話とかをするような感じです。それで世の中のこととかオレが見えてない部分をよく知れるから、ある意味いい刺激ですね」
「気持ちは滑ってるときと全然変わってなくて、スノーボードを活かしたことをやりたいなって英樹は言ってて。そういう話を聞いてると、オレが大会に出るのをやめたとしても次のステップに向けていいキッカケになるようなことを考えてるから、英樹がオレの先を行ってるのかもしれないし、オレが英樹の先を行ってるのかもしれないし。そうやって方向性は違ったとしても、お互いに高め合えるような関係でいられるのは刺激的ですね」
自らの夢を志半ばで諦めざるを得なくなった英樹だが、献身的に弟をサポートして刺激を与え続けているということだ。また、それに満身の力で応えようとする歩夢がいる。
本章の冒頭で述べたように、10年あまり前の前職時代に平野一家を特集したのだが、英功さんがこう話してくれていたことを思い出した。
「最初は“オリンピックに出れたらいいね”、“プロになれたらいいね”って、よく話してたんです。そして、着実に子供たちが成長していくにつれ、多くの方からサポートしていただけるようになりました。でも、いつからかスノーボードやスケートボードを通じて、支えになってくれている人たちの存在や、滑ることができる環境にいられることに感謝するほうが大切なんだと思い始めたんです。今は、そんな気持ちを抱き続けてくれることが、僕の夢というか願いになってますね。そのうえで、スノーボードを通じて成長してくれて、自分の夢へと前進していってくれれば、それでいいと思うんです。その結果、オリンピックに出場できようとできまいと、それは大きなことではないんです」
「オリンピックで金メダル。できればショーンに勝って金メダルを獲りたい」──12歳だった英樹少年はこう話していた。その夢は弟の歩夢が引き継ぐ格好になったわけだが、英功さんが抱いた夢のとおりに息子たちは育った。
「スケートボードやスノーボードが上手いことは、そんなに大したことじゃないんです。それよりも、恵まれた環境のありがたさ、人とのつながりの大切さをわかる人間であることが大事なんだと、子供たちには伝えていきたいです」
横乗りが育んだ兄弟の絆、そして、その絆を生むことにつながる両親が捧げた愛。こうした想いを胸に、歩夢は幼き頃に兄とともに抱いた夢を実現させるため、平昌五輪の大舞台で宙を舞う。
text: Daisuke Nogami(Editor in Chief)
CONTENTS
▶INTRODUCTION はじめに
▶EPISODE 1 オリンピック競技とスノーボード文化のはざまで
▶EPISODE 2 スキー連盟に属するスノーボーダーの葛藤
▶EPISODE 3 ケガの功名
▶EPISODE 4 考えて勝つ
▶EPISODE 5 4年前と同じ気持ちで
▶EPISODE 6 家族の想いを胸に
▷EPISODE 7 最後に後悔しないために
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本記事は、2018年発行『BACKSIDE SNOWBOARDING MAGAZINE ISSUE 5「WALK TO THE DREAM ──夢への歩み──」』より抜粋掲載。平昌五輪までの4年間、「金メダルしかない」と自らを追い込み続けた平野歩夢の歩みを追った一冊だ。2017年3月の重傷から復帰し、同年12月にはコンテスト史上初となるフロントサイド・ダブルコーク1440を成功させるなど、世界の頂を射程圏内に捉えていた19歳当時の葛藤と覚悟を、写真とデザインを交えながら全140ページにわたって描いている。

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※ISSUE 5は完売しました




