BACKSIDE (バックサイド)

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FEATURE

【創刊10周年特別企画】ISSUE 5「夢への歩み」平野歩夢インタビュー〈第4章〉考えて勝つ

2026.08.14

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平昌五輪まで1年足らずで負った大ケガ。世界中のライバルたちが新技を磨くなか、平野歩夢は3ヶ月あまり、満足に練習することができなかった。
 
しかし、その時間を遅れとは考えなかった。「滑ってる人以上に考えないといけない」。雪上に戻った彼は、限られた時間と環境の中で、金メダルを獲るために何をすべきかを考え抜いていく。
 
そして19歳になったばかりの歩夢は、“考えて勝つ”ための答えを形にしていった。

 
※以下、2018年に綴った言葉をそのまま掲載
 
 
EPISODE 4

考えて勝つ

改めて負傷してしまった状況を振り返ると、2017年3月4日に米コロラド州ベイルで行われたBURTON US OPENのファイナルにて、2本目のファーストヒットに繰り出したキャブ・ダブルコーク1440の着地がリップに引っかかってしまい、トランジションで逆エッジとなりボトムに叩きつけられたことで受傷。筆者は会場の最前列で固唾を呑んで見守っていた。なんとか自力でパイプの下まで滑り下りたものの、その後ストレッチャーで運ばれることに。前述したとおり、肝臓と左膝の内側側副靭帯を損傷した。
 
およそ2ヶ月後からリハビリがスタート。6月のフランス・ドゥザルプで雪上復帰を果たしたので、この3ヶ月近くの間は治療に専念したことはもちろん、自身の心とも向き合った。ここで立ち止まったことにより気持ちの整理ができたという話は前章で綴ったが、世界中のライバルたちが残雪で新技の練習を行っているという不安や焦りを抱えながらも、歩夢は考えた。
 
「ケガしてしまったことを後悔するんじゃなくて、その時間を使って、滑ってる人以上に考えないといけない。逆にそれができれば、“考えて勝つ”ことも夢じゃないと思うんですよね」
 
平昌五輪まで1年を切っていたタイミングで負傷し、そこから3ヶ月あまり練習やトレーニングができないという状況は、一般的に考えればマイナスでしかないのかもしれない。だが、ソチ五輪を終えてから3年間苦悩していた気持ちをリセットできただけでなく、オリンピックまで残された8ヶ月間をどのように過ごし、どうすれば金メダルを手繰り寄せることができるのか──幼き頃に描いた夢への歩みを一心不乱に考えていたのだ。
 
「フランスには2週間くらいいました。ひさしぶりの雪上だったので違和感はあったけど、そのまま(米オレゴン州マウント)フッドに行くことが決まってたから、もう完全に大丈夫だって認識を持てたことが収穫でした。そしてフッドは、これまでで一番パイプの状態が悪くて……。いろんなメンツがいてダニー(デイビス)とかみんな遊びながらパイプを流してる感じだったけど、オレはしばらく休んでたからバグ(着地部にエアバッグを敷いた状態)でがっつり練習することにしたんです。卓とショーン(ホワイト)もバグをやってましたね。そして、最終日の2日前くらいにナイトセッションに呼ばれたから撮影かな?と思って行ったら、ショーンとかダニー、タイラー・ゴールドたちがいたんです。特に撮影してるような感じではなかったけど、パイプがめちゃくちゃよかった。みんな練習してるから、“よし、オレもやらなきゃ”ってスイッチが入って。それまでバグで時間をかけてやってきたことをキレイなパイプで試したら、いろんな技を修得できたんです。その日しかいい状態のパイプでは滑れなかったけど、コンディションさえよければいつでもニュートリックを出せる準備をしていたのがよかったですね」
 
2017年12月9日、米コロラド州カッパーマウンテンで行われたワールドカップは、アメリカのオリンピック代表を決める選考レースも兼ねていた。よって他国の強豪も参戦してくるのだが、そこで歩夢はベン・ファーガソンとショーンのアメリカ勢を従えて表彰台の真ん中に立ったのだ。記憶に新しいと思うが、コンテスト史上初となるフロントサイド・ダブルコーク1440を成功させたルーティンでの圧勝。この大技はマウントフッドのナイトセッションで誕生したものだった。
 
「バグではだいぶ前から練習してたんですけどパイプでは1回もトライしてなかったから、あのフッドでのセッションは大きかったですね」
 
同大会でショーンも繰り出して歩夢に続いて成功。この技は着地がスイッチスタンスになるためかなり難易度が高く、次のヒットでは両名ともキャブ・ダブルコーク1080を放っていたのだが、ハイエアが専売特許であるショーンのそれは歩夢と比べて高さが劣っていた。これは、歩夢のほうが圧倒的に技の完成度が高いことを示しており、さらに大技をつなげられる可能性を示唆していたのだ。
 
このフロントサイド・ダブルコーク1440だが、実のところショーンはソチ五輪直前に多額の資金を投じて造成したプライベートパイプでの練習中に成功した映像を配信していた。しかし、ソチ五輪で繰り出すことはなく、その後のコンテストでも一度も披露したことがない。それほどまでに難易度やリスクが高いトリックということなのだろう。
 
「縦、横、斜めの順に回すんですよ。複雑な回転だからミスしたときにスピンをほどいて身体をカバーするタイミングがなくて、最後まで回り抜けるしかないような感じ。だから、バグで時間をかけて完璧なイメージを身につけてから雪上でやらないと絶対にできない技ですね」
 
この大技をものにするべく、アメリカから帰国するとほんのわずかな休息をはさんで、ワールドカップ初戦に向けたトレーニングも含め、ナショナルチームの一員としてニュージーランドへ渡った。1ヶ月あまりの滞在中、早々にフロントサイド・ダブルコーク1440にチャレンジしていたものの、大会で成功させることはできなかった。だが、カードローナで行われたワールドカップではフロントサイド・ダブルコーク1260を大会で初成功させ、復帰初戦で2位に。
 
「次にやるべきことが見えたし、これからの練習だったり過ごし方に対する気持ちをさらに高めることができたから、すごくいい経験になりましたね」
 
9月下旬、ニュージーランドからそのままスイス・サースフェーへ移動。THE STOMPING GROUNDSというハーフパイプキャンプに参加し、スコッティ・ジェームスやダニーといったライバルたちとともにトリックに磨きをかけた。
 
そして、再びニュージーランドを訪れてスプリングキャンプに参加。
 
「そこにしかバグがないって聞いてたから、絶対に参加したいと思ってたんです。結局3日間くらいしか滑れなかったんですけど、1ヶ月分くらいの練習ができたような感覚を得られるほど充実してたんですよね。天気もよかったし、バグで試したらすぐにパイプで練習できる環境が整ってた。バック・トゥ・バックの1440と1260のどっちも雪上でトライできたので、本当に行ってよかったですね」
 
たった3日間。されど3日間。集中力や思考力を高めることで、得られるものは大きく変わるのだろう。この3日間で、連続ダブルコーク1440という前人未到の超絶ルーティンが現実味を帯びたのだ。さらなる秘策として、ダブルコーク1260の連続技も視野に入っている。
 
「ニュージーランドからそのままオーストリアに行きました。雪はかなり硬かったんですけど、トリック以外の基礎的な練習に重点を置いて、抜けとかドロップの角度の調整とかそういう細かい部分を考えながらやりました。硬いパイプでそういった練習ができたのはプラスでしたね。技の練習ばかりじゃなくて、それができない環境に置かれたときにやるべきことを考えるのって大事だと思います」
 
「これまでいろんな環境でトレーニングをしてきて、(高難度トリックに対しての)恐怖心だったり、“もう少しバグで練習しておけばよかった”っていうような気持ちはほとんどないですね。あらゆる状況でできることを自分なりに考えながらやってきたおかげで、かなり手応えはあります。あとは、ルーティンとしての完成度を高めていくだけだなって」
 
考えて勝つ。雪で造成されるハーフパイプは、積雪量や気温などによって大きく左右されるだけにナマモだと言える。遠征のスケジュールが決まっていたとしても、実際に行ってみないとコンディションがわからないことが多いため、計画どおりにトレーニングを積むのは難しいと言える。
 
しかし、歩夢はケガに苦しめられていた数ヶ月の間、あらゆるシュミレーションを重ねていたのだろう。金メダルを獲るために自らが課した課題をどのようにクリアしていくのか。考えて、考えて、考え抜いた。だから、与えられた状況下で最良の選択ができ、7月に初成功したフロントサイド・ダブルコーク1440という世界最高難度の大技を、12月の時点で完璧に操ることができたのだ。
 
「ソチ(五輪)の前からキャブ・ダブルコーク1440を練習してたんですけど、結局完成したのはオリンピックの後でした。今でも絶えずやってないと感覚を忘れてしまうくらいリスクも難易度も高い技ですね。でも、そうやって先を読んで動いてた分、今やっと形になってるって実感があります。今のレベルだとひとつの技を覚えるのにすごく時間がかかるから、早い段階から勝つために必要な技は何なのかを常に考えるようになりました。そうやって3年くらいかけてようやく、バック・トゥ・バックのダブルコーク1440を繰り出せるようになったってだけなんで。まだ完璧じゃないから、ここからが勝負ですね」
 
2017年11月に行った2回目のインタビューではこのように語っていた。その翌月に行われたワールドカップやDEW TOURでは、この連続技は成功できなかった。今号の制作スケジュールでは綴ることが叶わないのだが、2018年1月のX GAMESアスペン大会で世界初の連続ダブルコーク1440、はたまた連続ダブルコーク1260は炸裂したのだろうか。それとも、平昌の舞台まで持ち越されているのか。
 
どちらにしても、金メダルの行方はこれら超大技のコンボにかかっている。

text: Daisuke Nogami(Editor in Chief)

 
 
CONTENTS
INTRODUCTION はじめに
EPISODE 1 オリンピック競技とスノーボード文化のはざまで
EPISODE 2 スキー連盟に属するスノーボーダーの葛藤
EPISODE 3 ケガの功名
▶EPISODE 4 考えて勝つ
▷EPISODE 5 4年前と同じ気持ちで
▷EPISODE 6 家族の想いを胸に
▷EPISODE 7 最後に後悔しないために
___
 
本記事は、2018年発行『BACKSIDE SNOWBOARDING MAGAZINE ISSUE 5「WALK TO THE DREAM ──夢への歩み──」』より抜粋掲載。平昌五輪までの4年間、「金メダルしかない」と自らを追い込み続けた平野歩夢の歩みを追った一冊だ。2017年3月の重傷から復帰し、同年12月にはコンテスト史上初となるフロントサイド・ダブルコーク1440を成功させるなど、世界の頂を射程圏内に捉えていた19歳当時の葛藤と覚悟を、写真とデザインを交えながら全140ページにわたって描いている。
 

 
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※ISSUE 5は完売しました

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