BACKSIDE (バックサイド)

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FEATURE

【創刊10周年特別企画】ISSUE 4「スタイルこそすべて」佐藤秀平インタビュー〈第4章〉オリンピックはスノーボードの一部

2026.07.30

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オリンピック出場は叶わなかったものの、その直後に佐藤秀平はX GAMESというもうひとつの大舞台に立つ。そこで評価されたのは、競技者としての実力だけでなく、プロスノーボーダーとして培ってきたスタイルでもあった。
 
幼少期から秀平にとって、遊びと大会はひとつながりだった。競技もオリンピックもスノーボードの一部。その変わらない価値観を、現在は次世代へ伝えている。

 
※以下、2017年に綴った言葉をそのまま掲載
 
 
EPISODE 4

オリンピックはスノーボードの一部

「オリンピックには行けなかったけど、X GAMESに出られたことはめっちゃうれしかったですね」
 
2014年1月26日、アメリカ・コロラド州アスペンで行われたX GAMESスーパーパイプに秀平の姿があった。世界中のアクションスポーツを愛する者が目標とする大会なのだが、主催であるESPN(アメリカのスポーツ専門チャンネル)からの招待を受けないと出場することが許されない、夢の大舞台である。
 
「1月中旬のカナダのワールドカップからコロラドに戻ったときにオリンピックに出られないことが決まって、そのままカズに呼ばれてアスペンに行ったんです。カール(ハリス氏。カズのエージェント)とか歩夢とか、みんないましたね。カズが練習してるのについていって追い撮りをしたり、歩夢の滑りを見てたりして、“やっぱX GAMESはすげーな”って感じながら、いつかこの舞台で滑ってみたいと思ってました。そうしたら、カズが大会に出ないって言い出して、歩夢も足を痛めてたから出られないって話になったんですよ。カールが頭抱えてるのを見て大変だよなって思ってたら、“秀平、話がある”って言われて。“今、TRANSWORLD SNOWBOARDINGもSNOWBOARDER MAGAZINEも秀平だったら推薦するって言ってくれてるんだけど、X GAMESに出ないか?”って。もう話つけてきてんじゃん!って思いました(笑)。ウェイティングのライダーがけっこうたくさんいたのに、すでにオレの名前が一番上にあったんですよ。もう決定してるからってカールに言われてハグされて。大会当日の話ですね。急すぎたけど、エライジャ(テーター氏。歩夢のコーチ)にコーチングしてもらいながら調整しました。10位だったから特別に成績がよかったわけじゃないけど、1ヒット目のフロントサイド1260はめっちゃ飛べて気持ちよかったですね。ナイターだしかなり寒いからパイプはカッチカチで怖かったけど、プラットホームにもボトムにもものすごい大観衆がいて、プレオリンピックとかワールドカップに比べてもパイプはめちゃくちゃキレイで、もう完全に別物でしたね。US OPENも面白かったけど、X GAMESはオレにとっては衝撃的でした」
 
冒頭で述べたように招待ライダーしか出られない理由として、テレビ番組ということもありエンターテインメント性を重視する大会だけに、スタイルなき者は招かれないということなのだろう。ピンチヒッターではあったものの、そのような大舞台に北米を代表する2大メディアからの推薦を受けて立つことができた。秀平にとってこの経験は、プロスノーボーダーとしての財産になったことだろう。
 
「オリンピックもそうですけど、こういう華やかな大会を観ることで、子供たちがスノーボードを始めるキッカケになると思うんですよね。でも、今のオレは大会から離れていろんなスノーボードを経験していて、ほかの競技では絶対にない奥深さを感じてるから、そういうのを子供たちに伝えていきたい。大輔くんがやってる“ちゃん村キャンプ”っていうパイプのレッスンをカズと一緒に手伝ってるんですけど、子供たちをメインに考えてるんです。オリンピック選手に育てたいって親はもちろんいるけど、オレたちのファンで子供たちを連れてきてくれたりもするから、もちろん基本的なことはしっかり教えたうえで、いろんなことに挑戦してもらってます。この前もカズがキャンプの最後に、“じゃあ大会をやろう。カッコよくスラッシュできたヤツが優勝で、オレが何かおごってあげる”とか、“2回目はスラッシュで面白いことをできたヤツが優勝ね”みたいな感じで、パイプで飛んで技がどうこうだけじゃなくて、カッコつけて滑ることだったり、人と違うスタイルで楽しむことの大切さを伝えてます。それが今のオレたちにできることだから」
 
競技を通じて培ってきた滑走力を活かして、幼少期から肌で感じてきたフリースタイルスノーボーディングの本質を、STONPやK FILMSというフィルターを通して表現している。大自然の中で遊ぶこと、仲間たちと競い合うこと。どちらも本気で取り組んできたからこそ、現在の秀平が存在するのだ。
 
「ライディングスキルを磨くためにも、大会は必要だと思います。でも、あくまでも大会はスノーボードの一部であって、それはオリンピックも同じこと。キャンプで教えた子供たちからしたら、今のオレたちのことは大会に出てるわけじゃないから知らないかもしれないけど、少しずつスノーボードにハマっていく過程でSTONPとかK FILMSの存在を知るときがくるかもしれない。そのときに、“あのとき教えてくれた人たちだ”って気づいてもらって、こういうスノーボードもあるんだってことをわかってもらえたらうれしいですね」
 
現在は亡き父の後を継ぎ、兄とともにKONA SURFを牽引しながらスノーボード文化の普及に努めている。そして、プロスノーボーダーとして自己表現をする傍らで、自らの経験を次世代に伝えるべく活動している。
 
これが、プロスノーボーダー・佐藤秀平の生き方(スタイル)だ。

text: Daisuke Nogami(Editor in Chief)

 
 
CONTENTS

Tadashi Fuse

EPISODE 1 命と引き換えに教えられた生きる道
EPISODE 2 世界を認めさせた自己表現力
EPISODE 3 新たなるステージへ
EPISODE 4 スタイルを変えることなく絶対にあきらめない
 

Shuhei Sato

EPISODE 1 遊びながら競い合った少年時代
EPISODE 2 オリンピックという大舞台を目指す決意
EPISODE 3 プロ活動と引き換えに手に入れた滑走力
▶EPISODE 4 オリンピックはスノーボードの一部
 

Toshiki Yamane

▷EPISODE 1 鮮烈すぎる中学デビュー
▷EPISODE 2 華やかな舞台よりもリアルな現場を求めて
▷EPISODE 3 自由のために戦う生き方
▷EPISODE 4 自由だからこそ全力で滑る意義
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本記事は、2017年発行『BACKSIDE SNOWBOARDING MAGAZINE ISSUE 4「Style is everything──スタイルこそすべて──」』より抜粋掲載。創刊10周年特別企画では、本号の中核を成す布施忠、佐藤秀平、山根俊樹の3つのストーリーを全12回にわたり公開していく。スノーボードにおける“スタイル”とは何か。紙媒体ならではの写真表現や誌面デザインとともに、2017年当時の日本のスノーボードシーンの空気感も感じとってもらえれば幸いだ。
 

 

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