COLUMN
僕たちは今も、フリースタイルに生きられているだろうか。【創刊10周年特別企画】ISSUE 7「フリースタイル温故知新」を終えて
2026.08.26
2018年にISSUE 7「フリースタイル温故知新」を作った理由は、たったひとつ。スノーボードがどこから来て、どうやって今のカタチになったのか。その原点を知りたかったから。
プロダクトの進化をたどり、クレイグ・ケリーがBURTONにもたらした影響を知り、さらにその源流を遡ってトム・シムスへたどり着いた。8年ぶりに読み返して改めて感じたのは、フリースタイルという言葉が、いつの間にか「トリックの種類」や「競技カテゴリー」のように捉えられすぎているのではないか、ということだった。
もちろん、スピンやグラブ、ジビングといった表現はフリースタイルの象徴だ。だが、その始まりにあったのは、もっと根源的なものだった。
雪上でスケートボードのように遊びたい。サーフィンのようにマニューバーを描きたい。もっと自由に滑りたい。既存の道具では足りないなら、自分たちで作る。滑る場所がなければ、自分たちで探す。大会がなければ、自分たちで始める。
ジェイク・バートンは100本のプロトタイプを作るところから始め、その後も革新的なプロダクトを生み出し続け、シーンを牽引してきた。
トム・シムスはプロダクトを作っただけではない。仲間を集め、チームを作り、コンテストを作り、新しい遊び方を生み出した。
クレイグ・ケリーも同じだった。自分が思い描くライディングを実現するためにギアへ徹底的にフィードバックし、プロダクトを進化させ、その進化したギアでまた新しい滑りを生み出していった。
石川健二もまた、その精神を日本で受け継ごうとしている。
4人に共通していたのは、与えられた環境の中でスノーボードを楽しむことだけではない。自分たちがやりたいスノーボードのために、環境そのものを変えていくこと。それこそが、フリースタイルという言葉が本来持っていた精神なのではないかと思う。
2018年から8年。競技のレベルはさらに上がり、プロダクトも進化した。かつて想像できなかったようなトリックが当たり前のように繰り出され、ギアの完成度も飛躍的に高まっている。
だからこそ、今あらためて考えたい。フリースタイルとは、パークで高難度トリックを繰り出すことなのか。それとも、自分のやり方で雪山を自由に遊ぶことなのか。
スノーボードは、誰かが決めた正解をなぞるためのものではなかったはずだ。ジェイクもトムも、そしてクレイグも、その時代に存在していた常識を受け入れるだけではなく、自分たちなりの方法でその概念をブチ壊し、新しいものを作ってきた。
だからこそフリースタイルは生まれ、スノーボードはここまで自由な文化になった。
創刊10周年を迎え、8年前のISSUE 7を読み返した今、もっとも強く残ったのは歴史の知識ではなかった。自由であり続けるためには、自分たち自身が自由を作り続けなければならない。そんな当たり前で、忘れやすいことだった。
僕たちは今も、フリースタイルに生きられているだろうか。
text: Daisuke Nogami(Editor in Chief)
CONTENTS
▶CHAPTER 1 BURTONのプロダクトでたどるハードギア42年の歩み
▶CHAPTER 2 クレイグ・ケリーが築いたフリースタイルの世界
▶CHAPTER 3 フリースタイルを創出したトム・シムスの意思を受け継いだ日本人
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BACKSIDE SNOWBOARDING MAGAZINE
ISSUE 7 「BURTON, SIMS, AND CRAIG KELLY ──フリースタイル温故知新──」
BURTONとSIMS、そしてクレイグ・ケリー──。フリースタイルスノーボーディングがどのように生まれ、ライダーとプロダクトが互いに影響を与えながら進化してきたのか。その系譜を、貴重な写真や当時を知る人物たちの証言とともに紐解いた一冊。1977年から2018年までのBURTONのハードギア42年史をはじめ、クレイグ・ケリーが築いたフリースタイルの世界、トム・シムスの思想とSIMSの歴史を収録している。

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