BACKSIDE (バックサイド)

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FEATURE

【創刊10周年特別企画】ISSUE 3「スノーボードと仲間と絆」STONP編〈第3章〉“世界一への道のりを支えた仲間の存在”

2026.07.03

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クルーがもっとも強いタイミングで、STONPは自ら幕を下ろした。
その5年間で育まれた絆は、國母和宏を“STONPのボス”として奮い立たせ、世界の頂へと押し上げていく。
世界一への道のりを支えた仲間の存在を、EPISODE 3から読み解いていく。

 
※以下、2017年に綴った言葉をそのまま掲載
 
 
EPISODE 3

世界一への道のりを支えた仲間の存在

2015年9月、作品のタイトルに“4”とナンバリングを打つことなく最終作『STONP OR DIE』を発表。これをもってして、STONPはムービーの制作活動に終止符を打つ形をとった。
 
「STONPでパートを獲ることを最終目標にしてほしくなかったんです。あくまでも通過点にしてほしかったから終わりにしました。あと、ファンは落ちていくSTONPなんて見たくないと思う。オレも見たくないし、見せたくもない。『STONP OR DIE 2』のときに、あと2作品くらいがピークだと判断しました。もう1年遅れると、STONPとして出す映像じゃなくなると思ったから。オレたちが憧れてたのは、まさに“STONP OR DIE”みたいなスノーボーダー。よりポジティブに言えば、今できる最高のライディングを見せたい。だから、クルーが一番いいときに終わらせることに意味があると思ったんです」
 
創刊号でカズが語っていたように、思い立ったらすぐに行動しないと間に合わないほど詰め込みまくった5年間を、このように振り返った。では、結成当初に掲げていた“日本のシーンに革命を起こす”というミッションは達成されたということなのだろうか?
 
「クルーとしては世界レベルと競うまではいかなかったけど、同じ土俵には立てたと思ってます」
 
STONPはライダーたちを世界へ輩出するだけでなく、日本を代表するクルーとして、グローバルにおいて一目置かれる存在にまで成長していた。日本のシーンを世界レベルへ誘うという大志を抱き、それを実現することができたからこその幕引きだったのだ。
 
そのために必要だった才能豊かなライダーたちをカズが束ね、STONPは一丸となってグローバルレベルで通用するジャパニーズ・スノーボーディングを体現してきた。そして、その切磋琢磨のなかで育まれた仲間同士の絆。カズは自らの手に刻んでいるように、“絆”を何よりも大切にして生きている。彼にとって絆とは、愛情や友情を上回る言葉なのだ。家族やスポンサー、仲間たちすべてに対する感謝の気持ちなのである。
 
2010年からSTONPをハンドリングする傍らで、BURTON US OPENでの2連覇、BURTONからadidas SnowboardingやCAPiTAなどへの移籍、大ケガからのリハビリを経てCAPiTA作『DEFENDERS OF AWESOME 2 – STAY BAD ASS』でトリを飾ったムービー撮影、世界各国のスノーボード専門誌9誌で表紙を飾ったフォトシューティングなど、カズは二足のわらじを履きながらも自身のライダー活動を精力的に行ってきた。
 
冒頭で述べたように、ライダーとして世界の頂を目指すだけでなく、日本のシーンを世界レベルへ押し上げるというミッションを両立させることは、想像を絶するほどの苦悩や苦労があったはずだが。
 
「オレのことを“ボス”って慕ってくれるヤツらがいることによって、個人的な活動でどこかのクルーに属していたとしても、そこのクルーの一員というよりも、自分はSTONPのボスなんだっていう気持ちのほうが大きくて、そういう生き方になりました。CAPiTAやUNIONに対して悪い意味では決してなくて、STONPのボスという立場で撮影に参加していることが自分を一番奮い立たせられるポジションというか。ムービークルーのいちライダーじゃなくてSTONPのボスだっていう気持ちで臨んだほうが、滑るときに気合いが入るんです」
 

 
STONPの映像活動を終えて迎えた2015-16シーズン。カズはケガにより7週間の安静を強いられるなど 苦しめられながらも、UNION BINDING COMPANY作『STRONGER.』でオープニングパートを飾った。そのパートは、TRANSWORLD SNOWBOARDINGが主催するプロスノーボーダーたちの労と成果を讃える授賞式
「RIDERS POLL 18」において、MEN’S VIDEO PART OF THE YEAR(年間ベストビデオパート賞)を獲得したのだ。18回を数えるこのアワードにおいて、全部門を通じて日本人スノーボーダーとして初受賞という快挙だった。
 
2016年12月9日。コロラド州ブリッケンリッジ・リバーウォークセンターで行われた授賞式においてステージに上がったカズは、「Thank you. Finally, I’m Ichiban(ありがとう。ついにオレは一番だ)」と日本語の“一番”という言葉を用いて挨拶し、その直後に、自身のシグネチャーボードに掲げられていた中指を立てた合掌を披露。この合掌は、甘んじることなく命を懸けて滑り続けるという、自分自身に立てた中指だった。
 
こうして、日本のシーンに革命を起こすために招集した仲間たちとともに歩んできた濃厚すぎる5年間があったからこそ、そこに絆が生まれ、その絆に後押しされるように、カズはついに世界の頂に登り詰めたのだ。
 
2017年2月中旬。パシフィコ横浜で開催されていたスノーボードやスケートボード、サーフィンなどのアクションスポーツを主とした合同展示会「INTERSTYLE」の会場に、STONPクルーが集結した。カズと優作へのインタビューはこのときに行ったものである。
 
「みんなSTONPとしてつながってるから、こういう場でも勝手に集結するじゃないですか。自然に集まれる。そういうことなんやと思います。みんなそれぞれの生活があって、ある意味あっさりとした関係なのかもしれないけど、人生の中で交わるタイミングがあるんです。今もこうしてINTERSTYLEで交わって。みんなそうやって人生の舵をとってるんだと思います」
 
優作はSTONPの仲間たちについてこのように語り、さらに続けた。
 
「みんな信じられないくらいスノーボードが上手いから、学べることばかりです。イケイケの若手もいるから面白い。僕たちは同じ志を持ってスノーボードに取り組んでるんですよ。STONPは契約書があるわけじゃないし、自分のスタイルを貫いて滑ることが許されてる。それを当たり前のようにさせてくれてるのはカズのおかげなんですよね。子供たちの遊びで終わっちゃってたかもしれないものを、プロとしての高いレベルで仲間たちを束ねてくれたのがカズなんです」
 
スノーボードにまたがり、高校時代から単身で世界を相手に格闘してきたことで、自ずと身についていたカズの求心力や統率力。
 
「小さいクルーだし、みんな関係が近いからやりやすいです。スノーボーダーにとって、1シーズンはものすごく大きい。オレのやり方を信じてそのシーズンをかけてくれて、また次のシーズンもかけてくれたりやりたいって言ってきたライダーには、本気で返しますよ」

text: Daisuke Nogami(Chief Editor)

 
 
CONTENTS
はじめに
 

STONP 世界に挑んだ男たちの絆

EPISODE 1 STONPが変えた男の人生
EPISODE 2 “STONP OR DIE”が育んだ絆
▶EPISODE 3 世界一への道のりを支えた仲間の存在
▷EPISODE 4 仲間とともに生きる道
 

Keiji Okamoto × Yuki Kadono 時空と世代を越えたふたりの絆

▷はじめに
▷EPISODE 1 憧れのお兄ちゃんからライバルに
▷EPISODE 2 ふたりの想いが起こした奇跡
▷EPISODE 3 絶望から救ったアイツの存在
▷EPISODE 4 親子のように強い絆
 

Ayumu Hirano × Taku Hiraoka 滑りで夢を語り合うメダリストたちの絆

▷はじめに
▷EPISODE 1 同じ夢を目指して交わった人生
▷EPISODE 2 メダリスト誕生秘話
▷EPISODE 3 認め合いながらしのぎを削る葛藤
▷EPISODE 4 逆境から羽ばたく戦友同士の絆
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本記事は、2017年発行『BACKSIDE SNOWBOARDING MAGAZINE ISSUE 3「SNOWBOARDING, FRIENDS, AND THE BOND ──スノーボードと仲間と絆──」』より抜粋掲載。創刊10周年特別企画では、本号の中核を成す3つのストーリーを全14回にわたり公開していく。紙媒体ならではの写真表現や誌面デザインとともに、2017年当時の日本のスノーボードシーンの空気感も感じとってもらえれば幸いだ。
 

 
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