FEATURE
世界が憧れるニセコの粉雪を、渡辺大介は“泳げるような雪”と表現した。【創刊10周年特別企画】ISSUE 11「JAPOW PRIDE ──ニッポンの雪と山と文化を知る──」
2026.10.13
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北海道 / ニセコ
※2020年に綴った言葉をそのまま掲載
世界が認める粉雪に覆われた日本屈指のリゾート
世界中のスノーボーダーやスキーヤーが羨むジャパン・パウダー、いわゆる“JAPOW”とは、この地のそれを指しているのだろう。
標高1,309mのニセコアンヌプリ峰を中心として、グラン・ヒラフ、HANAZONO、ビレッジ、アンヌプリ国際の4つのゲレンデが裾野に広がり、総じてニセコユナイテッドと称される。シベリアからの寒気の影響により吹く北西の季節風が、日本海で大量の水分を含んだ状態で流れ込み、雪雲となってニセコ連峰や羊蹄山にぶつかることで大量の雪を降らせるわけだ。
もちろん、超がつくほどの軽いパウダースノーなのだが、富良野や旭川などの内陸に比べると海が近いため、道北エリアで降るドライパウダーよりも少し湿気を含んでいる。これがJAPOWを世界中に知らしめる要因でもあるのだろう。道北エリアのそれが軽すぎて斜面の凹凸を感じられるほど底つきしてしまうことがあるとすれば、ニセコのそれは比較的踏みごたえも味わえるベストパウダーなのだ。
そうした世界的にも指折りのパウダースノーは古くから、ローカルの人たちに愛されてきた。スキー底面に滑り止めのシールを貼って斜面を登り、山頂でそのシールを剥がして山麓まで滑り下りるスタイルが主流だった。そして、1961年にニセコ高原比羅夫(現グラン・ヒラフ)が開業すると、楽しみ方は一変。1972年にアンヌプリ国際が、1982年に東山(現ビレッジ)がオープンするのだが、ゲレンデ側がコース外を滑走禁止にしようとも、以前から山全体で遊んできたという文化がある以上、その流れを断ち切ることは困難を極めたそうだ。
そこで誕生したのがニセコルール。コース外に出る行為を、あらかじめ決められたゲートのみに制限し、雪崩の危険性が認められる日にはコース外への立ち入りを禁ずるというもの。このエリアを愛する人々によって日々アップデートされる“ニセコ雪崩情報”をガイドラインとし、地域の地方自治体とともに作り上げられた、日本初となるコース外滑走に関するローカルルールとなった。
こうしたバックカントリーへの門戸が開かれたパウダーヘブンにはパークも設置されており、フリースタイラーたちにも愛されている。多くの移住者によりこのエリアのシーンが牽引されているのは承知だが、この地で生まれ育ったオールラウンドスノーボーダーの話が気になる。
“自由奔放”な男
渡辺大介
スノーボードクロスの競技者として活動していた経歴を持ちながら、現在はFIGHT FOR LIBERTY の一員としてその名に恥じぬよう、自由すぎる滑りを武器に自己表現を追究している渡辺大介。そのギャップに秘められたライディングスキルの高さは、生まれ育ったニセコで磨き上げられたもの。彼のキャリアを紐解くことで、ニセコの本質が見えてくる。

こんな“泳げるような雪”は、ほかにない。
渡辺は一枚の古い写真を指差し、1961年にひらふに初めてできたというヒュッテを紹介してくれた。
「最近、昔のいろんな写真を見つけて」
彼がいる店内の壁には、ニセコにゲレンデができた当時に撮られた数々の写真が飾られている。そこは、渡辺の母が1990年に開業したグラウビュンデンというサンドイッチとケーキの美味しいお店。渡辺がプロスノーボーダーになる以前からひらふで名を馳せており、地元の人々はもちろん、訪れる観光客にも人気の有名店だ。
店を切り盛りしていた母の背中を見ながら、ひらふを訪れる人々と触れ合って育ってきた。
「おじいちゃんがひらふのゲレンデを開拓したんです。もともとゲレンデとして造ったわけじゃなく、クマザサを取るためにリフトを架けたんだけどそれが失敗して。でも、せっかくリフト架けたからゲレンデにしちゃおうぜ!って始まったらしいです」
グラン・ヒラフの徒歩圏内に住み、物心つく頃には雪山を滑っていたという渡辺と、今や世界的な巨大リゾートとの繋がりは、想像以上の深さだった。
彼が生まれた27年前、スノーボードはすでにブームの様相を呈していた。私もその頃のニセコで滑ったことがあり、仲間たちが“パウダー最高”とはしゃいでいたのを記憶している。
「(天海)洋くんや(玉井)太郎さんたちがいました」
当時はまだスキーヤーが大半を占める中、渡辺少年の目にはスノーボーダーたちがカッコよく映っていたようだ。土地柄、スキーを履きレースに励んだり、ハードブーツで滑っていたりした時期もあるという渡辺だが、ジャンルに縛られず自由なスノーボードを楽しんできた。
「子供の頃からとにかく滑っていました。一番近いヒラフのゲレンデから自分が滑りたいポイントへ向かうんです。シーズン初めは地形で遊び、ハイシーズンはパウダーを滑って、春になったらパークに行ったりして。そんなスノーボードをずっとしてました」
グラン・ヒラフには幼少期から変わらず毎日のように足を運び、パークが充実しているHANAZONOや、圧雪バーンが気持ちいいビレッジ、雪板で滑ることも多いというモイワなどにリフトを乗り継ぎながらアクセスしている。
「ニセコは広い山なので、やりたいことがいっぺんにできるのが魅力です」
「低速で腹つけてターンするなど、いろんな遊び方ができる」と言うように、雪がいいから圧雪バーンも格段にいいのだ。以前ニセコを訪れた際、「パウダーと同じかそれ以上の価値があるスノーボードに連れていってあげる」と、廣田鉄平と天海にビレッジのファーストトラックを案内してもらったことがある。貸切のような圧雪バーンで、気持ちよさそうに深いカービングターンを刻む彼らを追いかけながら、ニセコの新たな面を見た気がした。
「あのターンが決まったときの感覚ってヤバいっすよね」
どこでも朝イチの圧雪は気持ちいいが、ニセコのそれとは比較にならないと。
「上手くなった感覚になります。多分、気温とか雪の湿度とかすべてのバランスがちょうどいいんじゃないですかね」
「ボードを倒したら雪面に張りつく」、こうも表現してくれた。
そんな彼は意外にも、ハーフパイプでもスロープスタイルでもなく、スノーボードクロスに打ち込んでいた時期がある。
「気づいたらクロスの世界に入っていて。大学生の頃はナショナルチームで海外遠征ばかりでした。でもあるとき、やりきった感があって」
目標にしていた最後の大会で優勝したことをキッカケに、オリンピックではなく自分が求めていたスノーボードの活動に舵を切ったのだ。
「遠征からニセコに帰ってきたときに、いろんな人と自由に滑る時間が僕にとってすごく大切で。めちゃくちゃ楽しい、スノーボードはこれだなって」
選手として活動していたからこそ、ニセコでの自由なスノーボーディングを心から好きだと感じることができたのだと話す。
「雪山に行けば誰かとセッションして、そこに言葉はいらない。“Just snowboarding”という感じで」
自由奔放なスノーボーディングが、彼の技術を飛躍的に向上させたのだろう。子供の頃からゲレンデには必ず顔見知りがいて、年齢を問わずに一緒に滑ることでコミュニケーションを図り、あらゆる地形を様々なスノーボーダーとともに経験してきた。それらは彼にとって「人生の宝」なんだと。
海外の山を滑るようになり、渡辺は改めて地元の魅力を感じるようになった。
「ここの雪が一番好きです。こんな“泳げるような雪”は、ほかにない」
ニセコが世界的スノーリゾートとして確固たる地位を築き上げたのは、絶対的な雪質を誇るという証明でもあるのだ。海が近いためコンスタントに雪が降り、軽いのに適度な踏みごたえがある雪の中で板を扱う感覚は特別なのだと力説する。
「本当、泳ぐみたいな。海外や本州の雪はもっと弾力があるじゃないですか。下に層があるというか」
ジャンプした後のパウダー着地を例に出したうえで、立ちやすくターンもしやすい「クッションみたいなパウダー」が本州だとしたら、ニセコの場合は「着地してパウダーに入ったら泳ぐみたい」と説明する。本州では雪の上に乗っている感覚で、ニセコではホバーボードに乗って浮いている感覚なんだそう。
だからこそ、パウダーに深いトラックが刻まれていても滑り心地に影響することはないので、思いきり突っ込むことができるのだ。
また、渡辺は生まれ育った雪山で磨き上げた滑りを武器に、世界に誇る巨大リゾートと化した地域から多くのことをインプットしている。
「様々な世代や人種とも楽しくできれば、自分にいろんな要素が入ってくるから。一緒に滑るとターンの仕方ひとつで、あ、この人こういう感じなんだってわかるんですよ。スノーボードがコミュニケーションのツール、言葉みたいなものだから。いろんな人と滑って共有するのが大好きなんです」
その風貌とは裏腹な屈託のない笑顔で、渡辺は人との距離を縮めていく。こうした彼らしいスタイルは、ニセコという多種多様な人種が集まるフィールドだからこそ育まれたものだ。
そして、こうアウトプットしていくのだと。
「自分はニセコで生まれ育ったスノーボーダーだから。これから僕が、この山の楽しさを伝えていけたらいいなと思う」
edit + text: Daisuke Nogami(Editor in Chief)
interview + text: Yukie Ueda
CONTENTS
▶INTRODUCTION|はじめに
▶01|北海道 / 札幌 安藤健次インタビュー
▶02|北海道 / 道北 佐藤秀平インタビュー
▶03|北海道 / ニセコ 渡辺大介インタビュー
▷04|東北 / 北東北 杉本幸士インタビュー
▷05|東北 / 南東北 松浦広樹インタビュー
▷06|群馬 / 利根沼田 中山悠也インタビュー
▷07|新潟 / 魚沼 関口 敬インタビュー
▷08|新潟 / 妙高 小西隆文インタビュー
▷09|長野 / 白馬 美谷島 慎インタビュー
▷10|長野 / 北信 中山二郎インタビュー
▷11|岐阜 / 飛騨 太田宜孝インタビュー
▷12|西日本 / 近畿・中国 中尾正明インタビュー
▷OUTRO|JAPOW PRIDEからJAPOW FROM___へ。
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BACKSIDE SNOWBOARDING MAGAZINE
ISSUE 11 「JAPOW PRIDE ──ニッポンの雪と山と文化を知る──」
北海道・ニセコや長野・白馬を中心に大挙して押し寄せている外国人は、なぜ日本の雪山にこだわり続けているのか。それは、ここまで多くの人々が日常生活しているエリアに雪が大量に降る国がないから。米アラスカの僻地やカナダBC州の山奥には、もちろん大量に極上パウダースノーが降り注ぐ。しかし、それとはワケが違う。街があり、その近くに多くのゲレンデが点在し、ハイクオリティなパウダースノーが堪能できる。しかも、食事も温泉も人も最高。さらに言えば、リフト券が格安だ。これらが日本が世界に誇るべき価値なのである。これを言い換えれば、僕たちは世界中の雪を愛する人々が羨む環境に住んでいるということ。だからこそ、ニッポンの雪と山と文化を改めて知ってほしく、この一冊を編むことにした。世界一の豪雪大国に住むスノーボーダーの胸に、“JAPOW PRIDE”を刻みこんでもらいたい。

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