FEATURE
【雪を愛する人と、雪国の未来】夢中になれるものに囲まれて生きる。秋田・東成瀬村に移り住んだ、ふたりの物語
2026.10.27
もっと雪山の近くで暮らしたい。好きなときに滑りたい。そんな思いを抱いたことのあるスノーボーダーは少なくないだろう。しかし、仕事や収入、家族との生活を考えれば、簡単に踏み出せるものではない。
秋田県東成瀬村を舞台に、雪を愛する人々と雪国の未来を考える本連載。第1回は備前博和村長が描く村の将来像を、第2回はスノーボードを通じて村とつながるふたりの姿を紹介した。
第3回に登場するのは、東京での仕事を離れ、山小屋暮らしと世界各地への旅を経て移住した相場孝之さん。そして、鹿児島から北海道、東京を経由し、雪と魚を求めてやってきた内野翔太さんだ。
ふたりの経歴も、仕事も、夢中になっているものも違う。それでも、東成瀬村での暮らしには共通するものがあった。自分が夢中になれるものに囲まれて生きるために、この土地を選んだこと。
その選択の先には、どんな毎日が待っていたのだろう。
カメラマンから山小屋暮らしへ。自分の手で生きる自由
朝は田んぼの草刈り。作業を終えたらカレーの仕込みをして、昼は店に立つ。営業が落ち着けば、今度は自分の家づくりに取りかかる。日が暮れれば、翌日の仕込みが待っている。
冬になると家づくりはひと休み。代わりに、住まいや店など4箇所の除雪で一日が終わることもある。相場孝之さんの日常は、とにかく忙しい。スパイスカレー店の経営に加え、植木の剪定、養蜂の手伝い、田んぼの管理。さらに、集落の共同作業にも積極的に参加している。
「やることは今のほうが何倍も多いんですけど、毎日気持ちいいですね」

東京でのカメラマン生活、山小屋暮らし、世界各地への旅。さまざまな経験を経て、相場孝之さんがたどり着いたのは故郷・秋田の小さな村だった
photo: YUI
そう話す相場さんの経歴は、なかなかひと筋縄ではいかない。秋田市で生まれ育ち、高校卒業後に上京。帝国ホテルやグランドハイアット東京などの写真館で、約10年間ブライダルカメラマンとして働いた。その後、日本庭園への興味から植木職人の世界へ飛び込んだものの、生活費を補うために週末だけ始めた撮影の仕事が思いがけず増え、本当に学びたかった植木の修業に時間を使えなくなってしまった。
収入を得ることは大切だ。しかし、そのためにやりたいことを後回しにし続けるのは、何か違う。そんな思いを抱いていた2011年、東日本大震災によって撮影の仕事が相次いでキャンセルとなった。
働き方を改めて考えるなかで、以前から興味のあった瞑想の修業に参加。そこで出会ったのは、季節ごとに働き、残りの時間を海外で過ごす旅人たちだった。そのころ、相場さんは故郷の秋田へ戻ることも考えていた。だが、その前に、彼らのような暮らしを一度経験してみたくなった。
「一回、実家に戻る前にそれをやってみようと思って、山小屋で働き始めました」
春から秋は北アルプスの山小屋で働き、冬はネパールやインド、東南アジア、ヨーロッパを旅する。その生活は約9年間続いた。現在の仕事につながるスパイスカレーも、このころに出会ったものだ。
山小屋で一緒に働いていたネパール人から料理を教わり、仕事を終えると彼の故郷を訪ねた。現地の家庭に泊まり、スパイスの使い方を教わる。やがて山小屋の食事メニューを任されるようになると、自分で作ったカレーを提供し始めた。
「そのときは、もうちょっとスパイスを知りたいっていう、ただその欲求だけでしたね」
店を開くための修業ではなかった。面白いから知りたい。もっと知りたいから、現地まで行ってみる。その好奇心が、後の仕事になった。

ネパールの家庭で学んだスパイスの使い方が、今では東成瀬村での仕事につながっている。好奇心から始まったカレーづくりは、相場さんの暮らしに欠かせないものとなった
photo: Hiroyuki Numakunai
やがて結婚し、子宝に恵まれた。家族との時間を大切にしたいと考え、山小屋の仕事を離れて秋田市へ戻る。一般企業にも勤めたが、日勤と夜勤を繰り返す生活では、望んでいた家族との時間をつくることは難しかった。
そこで思い浮かんだのが、山菜採りなどで何度も訪れていた東成瀬村だった。
自然が豊かで、山が身近にある。自分が親しんできた環境で、家族と暮らす。そんな生活を求め、2024年11月、家族とともに移住した。
地域の人との縁から建物を借りられることになり、スパイスカレー店を始めることに。ただ、相場さんの暮らしを面白くしているのは、カレー店だけではない。
取材で訪れた際には、自ら建築を進めている建物も見せてもらった。店の営業や田んぼの管理をしながら、時間を見つけては作業を進めている。一般的に、家づくりは専門業者にすべて任せるもの。しかし、相場さんにとっては、自分で造ること自体がやりたいことのひとつなのだ。

自らの手で建築を進める相場さん。店を営み、田んぼを管理しながら、少しずつ住まいを形にしていく。家づくりもまた、夢中になれることのひとつ
photo: YUI
地域には、長年この土地で暮らしてきた人たちがいる。家のことも、山のことも、水のことも、教わることが尽きない。集落では約20世帯が協力して水路や神社を管理し、草刈りなどの共同作業も行う。決められた日に集まり、暮らしに必要な環境を自分たちで維持する。もちろん、面倒なこともある。自分の予定だけで一日を決められるわけでもない。それでも相場さんは、そうした人々との付き合いを楽しんでいる。
「川とか山といった自然も当然魅力的なんですけど、何より人じゃないですかね」
移住してからは、朝から晩までやることが多いと冒頭で触れたが、相場さんにとって、それは苦ではない。むしろ、生き甲斐となったのだ。
「不安を感じているヒマもなくて、やりたいことしか出てこない。やりたいこととやること。それを繰り返しているうちに、もう瞬く間に1年が過ぎて、2年過ぎてってなっていくんですよね(笑)」

火を囲む時間も、自然とともにある暮らしの一部。便利さだけでは得られない豊かさが、ここにはある
photo: YUI
東京で写真を撮り、山小屋で働き、世界を旅した。そして今、秋田の小さな集落で、家族や地域の人たちと暮らしをつくっている。人に教わり、助け合いながら、食べるものを作り、住む場所を整え、地域の暮らしを支える。
自分たちの生活を、自分たちの手でつくっていく。相場さんは今、そんな自由を心から楽しんでいる。
魚を追いかけて雪国へ。自然の中で取り戻した感覚
内野翔太さんが東成瀬村に移住した理由は、実にシンプルだ。
「絶対条件として雪があるっていうことと、トラウトがいそうな川があるっていうのが、もう前提条件でした」

雪と魚を求めて鹿児島から東成瀬村へ。ドーナツづくりを生業にしながら、好きな釣りを楽しむ内野翔太さん
photo: YUI
鹿児島県出身の内野さんは、幼いころから釣りに夢中だった。学校が終われば自転車で釣り場へ向かう。海や川が身近にある環境で育ち、生活の中心にはいつも魚がいた。
北海道の大学に進学すると、北国の自然に魅了される。大学ではスノーボードのサークルにも所属し、雪のある暮らしにも親しんだ。今でも、雪板で遊んでいる。
卒業後は東京のドーナツ店に約2年間勤務。それでも、いつかは自然の豊かな場所で暮らしたいという思いがあった。移住先を探す条件は、雪があり、トラウトのいる川があること。その条件に合致したのが、東成瀬村だった。
地域おこし協力隊として村へやってきた内野さんは、任期中から自分の仕事づくりにも取り組んだ。選んだのは、東京で経験を積んだドーナツの製造販売だった。
その原点には、子供のころの記憶がある。中学生のころ、父親が金曜の夜、飲み会の帰りにドーナツを買ってきてくれた。翌朝、テーブルに置かれた箱を開けるのが楽しみだったという。東京の店で働いていたときにも、ドーナツを手にする子供からお年寄りまで、さまざまな人が喜ぶ姿を見てきた。
「みんなを幸せにできるものだな、っていうのがあったんで、やっぱりこれ、ドーナツしかないかもなって」

内野さんが手がけるドーナツ。幼いころ、父親が買ってきてくれた思い出の味が、雪国での新しい仕事につながった
全国の個人店を食べ歩き、試作を重ね、協力隊の休日を使って販売を始めた。現在は東成瀬村で仕込みを行い、秋田県内のイベント出店などを中心に営業している。村内に固定店舗を構えたいという理想はあるものの、人口の少ない地域で十分な売上を確保するのは簡単ではない。
だからこそ、仕事の形には柔軟だ。村の外に店舗を構え、そこで東成瀬村の魅力を伝える。そんな可能性も考えているという。
そして、仕事の合間には川へ向かう。春は家の近くの渓流で釣りを楽しみ、夏はアユを追いかける。冬にはワカサギ釣りもできる。

暮らしのすぐそばに、川がある。釣りのために遠くへ出かけなくても、日常の延長線上で好きなことを楽しめる
photo: YUI
「もう年間通して、魚と触れ合えない時期がないんですよ。それって、こんなちっちゃい村なのに、ありえないことで」
ドーナツを作り、売り、空いた時間には釣りをする。釣った魚を近所の人に分ければ、野菜をもらうこともある。内野さんにとって、仕事と遊びは日常のなかで自然につながっている。
ただし、彼が東成瀬村に惹かれている理由は、魚だけではなかった。
取材中、以前行われた交流会で聞いた印象的な話を改めて尋ねた。夕方、屋根の上にいると、虫や動物の鳴き声がふっと消える時間があるんだとか。その瞬間、何を感じるのだろうか。
「孤独を感じる瞬間なのかもしれないですね」
自然の中に、ひとりだけ放り出されたような感覚。周囲から生き物の気配が消え、自然の大きさと自分の小ささを意識する。少し怖さにも似た感覚がありながら、それがたまらなく気持ちいいのだという。
北海道の知床で釣りをしていたころには、ヒグマの存在を強く意識したこともあった。人間が自然の中心にいるわけではない。そんな当たり前の事実を、身体で感じられる場所に惹かれてきた。それは、便利さや快適さだけでは測れない豊かさなのだろう。
内野さんは、都市部で暮らしていたころ、季節の移り変わりを感じにくいことに違和感があったと話す。夏の匂い。秋の気配。虫の声。鹿児島の田舎で育ったころには当たり前だった感覚が、札幌や東京での暮らしでは遠ざかっていた。
しかし、東成瀬村に来て変わった。
「戻ってきたな、って感じですね」

わずか15分くらいで釣り上げた内野さん。広大な自然に身を置く人間もまた、この風景の一部にすぎない。そんな感覚を味わえることが、彼にとっての豊かさなのだ
photo: YUI
生まれ故郷から遠く離れた、秋田の豪雪地帯。それなのに、内野さんにとっては、自分の原点に帰ってきたような場所だった。
「僕にとって、やっぱりこの村ってすごい心地いい場所なんです」
そう話す内野さんは、村の自然をもっと多くの人に知ってほしいと考えている。魚がいる。雪がある。季節の変化を身体で感じられる。そんな環境を求めてやってきた青年が、今では、この村で暮らすこと自体に大きな喜びを見いだしている。
好きな魚を追いかけてたどり着いた場所が、いつしか、自分らしく生きられる場所になっていた。
まずは来てみる。雪国の暮らしは、そこから始まる
相場さんと内野さんへのインタビューを終えたあと、連載第2回にも登場した小倉精太さんを交えて、3人に話を聞いた。
小倉さんは成瀬ダムの建設に携わり、平日は村で働き、週末は岩手に帰宅したり、村内のジュネス栗駒で滑っているスノーボーダー。仕事と遊びの両面で、東成瀬村と深く関わっている。
雪を求めてこの村を訪れるスノーボーダーにとって、何が大切なのだろうか。まず小倉さんが語ったのは、実際に雪国の生活を体験することだった。
深いパウダーを滑り、雪のない街へ帰る。それと、豪雪地帯で毎日暮らすことはワケが違う。雪が降れば、家の前を除雪しなければならない。屋根の雪下ろしが必要になることもある。スノーボーダーにとって雪は喜びだが、そこで暮らす人にとっては、生活を維持するために向き合わなければならない厄介物でもある。
小倉さんは、その両方を知ったうえで、自分に合うかどうかを確かめてほしいという。
「まずは体験してみてほしい。それが自分の中に落とせるレベルだったら、(スノーボーダーにとって)最高の場所だと思うし」

移住者の相場さんと内野さん、村外から仕事とスノーボードで関わる小倉精太さん。立場の異なる3人が、雪国で暮らすことの魅力と現実を語り合った
photo: YUI
雪国の暮らしを知ることは、雪への理解を深めることでもある。小倉さん自身、仕事で地域の人々と接するなかで、土地ごとの慣習を理解し、信頼関係を築くことの大切さを実感しているという。
では、実際に地域へ入っていくとき、どんな姿勢が必要なのだろう。内野さんの答えは明快だった。
「プライドはいらないです」
続けて、こう話す。
「これだけ超豪雪地帯でずっと暮らしてきた人のほうが、よっぽどすごいんで。そういう人たちが先生になるから、郷に従ったほうがよっぽどいいですね」
雪との付き合い方も、山や川のことも、地域の決まりごとも、長年そこで暮らしてきた人たちが知っている。まずは教わること。その土地にすでにある暮らしを尊重すること。
そして、相場さんが何よりも重要だと考えているのが、人とのつながりだ。
「住むとなると、どうしてもひとりで生きていけないところが多々出てくるので、付き合いだとか、そういったところが大切になってくるんじゃないかなと思います」
相場さんが参加する集落の共同作業にも、そうしたつながりがある。たとえば水路の管理。お金を払って外部に修繕を頼むことはできる。しかし、住民自身が水路の仕組みを知らなければ、突然のトラブルに対応できなくなるかもしれない。
地域の人々から学び、自分たちで暮らしを維持する。その積み重ねが、人と人との関係をつくっていく。
もっとも、地域との関わり方はひとつではない。相場さんは集落の共同作業を積極的に楽しんでいる。対して内野さんは、週末にドーナツの販売があるため、作業に参加できないことも多いという。

雪国で暮らすために必要なのは、自然を楽しむことだけではない。地域の人々から学び、土地の暮らしを尊重する。その大切さを語る相場さんと内野さん
photo: YUI
ふたりの生活は違う。地域との距離感も同じではない。それでも、どちらも東成瀬村での暮らしを楽しんでいる。
相場さんは、地域のために何か特別なことをしているという感覚はない。
「やってること全部、結果的には自分のためなんです」
好きな土地で、好きなことを楽しむ。そのために人から教わり、助け合い、ときには自分の得意なことで誰かの役に立つ。3人の言葉から見えてきたのは、そんな暮らしと地域との自然なつながりだった。
相場さんは、カレーを作り、庭木を手入れし、家を造り、集落の人々と暮らしている。内野さんは、ドーナツを作り、川で魚を追いかけ、季節の移り変わりを全身で感じている。どちらも、自分の好きなことが日常のなかにある。
相場さんが語った「やりたいことしか出てこない」という毎日。内野さんが感じた「戻ってきたな」という感覚。ふたりが選んだ暮らしの形は違う。それでも、そこには共通する豊かさがある。
自分が夢中になれるものに囲まれて生きるために、この土地を選んだ。
雪山を滑ることが人生の大きな喜びになっているスノーボーダーなら、その気持ちはきっと理解できるはずだ。
相場孝之(あいば・たかゆき)1978年、秋田県秋田市出身。東京で約10年間ブライダルカメラマンとして働いた後、植木職人を経て、北アルプスの山小屋勤務と海外への旅を約9年間続ける。2024年11月に東成瀬村へ移住。現在はスパイスカレー店を営みながら、家づくりや田んぼの管理など、多彩な活動に取り組んでいる。
内野翔太(うちの・しょうた)1996年、鹿児島県いちき串木野市出身。北海道の大学でスノーボードに親しみ、卒業後は東京のドーナツ店に勤務。雪と魚を求め、2020年8月から秋田県東成瀬村に暮らす。地域おこし協力隊を経て、現在はドーナツの製造・販売を手がけながら、四季を通じて釣りを楽しんでいる。
interview + text: Daisuke Nogami(Editor in Chief)
top photo: YUI
【雪を愛する人と、雪国の未来】
SERIES CONTENTS
#1 秋田・東成瀬村 備前博和村長が語る「人口を増やすのではなく、『小さくても楽しく、強い村』へ」
#2 雪山を入口に、村とつながる。異なる距離から秋田・東成瀬村に関わるスノーボーダーたち
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