BACKSIDE (バックサイド)

BACKSIDE (バックサイド)

https://backside.jp/cute-girls_article4/
23321

SPECIAL

スロープスタイルの五輪種目化で急速に高まった女子の滑走力【CUTE GIRLS Vol.4】

2022.01.06

  • facebook
  • twitter
  • google

“Cute”と聞いてかわいらしさを連想するのは間違いないが、本企画のそれは色に例えるならピンクではなく濃いレッド。“New Cute”という価値観をガールズシーンに提唱する。
 
女性ライダーたちの血が滲むような努力の末に発展したトリックたちは、ハーフパイプでは1080、ビッグエアでは1260が繰り出されるまでに至った。リスクを顧みることなく己の限界と格闘し続けている「CUTE GIRLS」たちのリアルな姿を本連載では紐解いていく。
 
Vol.4では、ハーフパイプだけでなくスロープスタイルがオリンピックの正式種目に加わったことで急速に高まった女性のライディングレベルについて振り返りながら、その理由に迫る。

ジェンダーギャップだけでなく競技の垣根も打ち砕くトラ・ブライト

ジェンダーギャップだけでなく競技の垣根も打ち砕くトラ・ブライト

2014年ソチ五輪からスロープスタイルが正式種目になったことを受け、ハーフパイプ以外の女子ライダーたちのレベルが加速度的に上がっていくことになる。本連載のVol.1で紹介したバンクーバー五輪ハーフパイプ金メダリストであるトラ・ブライトは、ソチ五輪からハーフパイプに加えてスロープスタイルとスノーボードクロスにも参戦。開会式の翌日に行われたスロープスタイルで7位入賞を果たすと、続くハーフパイプで銀メダルを獲得するという偉業を成し遂げた。
 
3つの競技に参戦し好成績を残したトラについて、BACKSIDE SNOWBOARDING MAGAZINE編集長の野上大介はこう振り返る。
 
「ハーフパイプで3連覇がかかっていたショーン・ホワイトはハーフパイプとスロープスタイルに参戦する予定でしたが、スロープスタイルのコースコンディションが芳しくなかったためか出場をキャンセル。そうした条件下だったスロープスタイルに出場して7位、その後のハーフパイプで銀メダルを獲得したことには驚きを隠せません。スノーボードクロスは競技の特性上、起伏でオーリーをかけてしまうとタイムが伸びないため、基本的なアクションがほかの競技と大きく異なります。それにもかかわらず、三刀流で挑んだトラ・ブライトは称賛に値します」
 
全体のライディングレベルが上がってきている中で異なる競技を並行して取り組むことは、技術面でも精神面でも大きな負荷がかかったはずだ。当時の挑戦について、トラ自身は次のように話している。
 
「ひとつの大会で3つの競技に出場し、予選を通過することは、フィジカル的に神業を成し遂げているようなもの。すべてはメンタルと忍耐力に頼るしかない状況でした。なぜこんな形で出場したかというと、競技生活の中でやる気を失っている時期が続いていたのですが、そんななか突如としてスノーボードが私を救ってくれたから。
 
“ベストを尽くして楽しく競技に挑むこと”が私にとってまったく別のオリンピックの価値を導き出し、新たなスノーボード人生がここから始まりました。そして不思議と、すべてが上手くいきました。またこんなにワクワクするようなステージに戻ってこられたことが本当に嬉しかった。それからというもの、とにかくライディングの練習を重ねて、今まで以上にスノーボードとのつながりを感じ、気持ちよく滑ることができました。私の一番大好きな大会は2014年のオリンピックです。そのとき獲得した銀メダルは、金メダルくらい価値のあるものだと思っています」

TorahBright_SplitBoards

競技から退いたトラは現在、スプリットボードを駆使してバックカントリーを縦横無尽に駆け巡る
photo: ROXY

 


ジェイミー・アンダーソンがNew Cuteの伝承者に

ジェイミー・アンダーソンがNew Cuteの伝承者に

女子のライディングレベルが確実に上がってきたソチ五輪では、ニューヒロインが次々と誕生した。女子としてコンテスト史上初となる1080を成功させたシナ・カンドリアン、スノースポーツとしては初のメダルをイギリスにもたらしたジェニー・ジョーンズ、そして、難易度の高い技を誰よりも高く宙を舞いながら決め、抜群の安定感で金メダルを獲得したジェイミー・アンダーソンらだ。
 
当時の女子スロープスタイルについて野上編集長は、「回転数ではハーフパイプ同様にメンズレベルには及びませんが、彼女たちのライディングには力強さを感じました。Gとの勝負でもあるスロープスタイルにおいて、メンズライダーと同じ土俵で戦っていることを踏まえれば、女子のレベルはフィジカル面も含めて、この頃から格段に上がっていると言えます」と考察する。
 
また野上編集長と金メダリストのジェイミーとは、2010年バンクーバー五輪で対面している。
 
「バンクーバー五輪の取材に行ったときに、ジェイミー・アンダーソンはゲストとして観戦していました。滑りを初めて生で見たのは、おそらく2008年にアルツ磐梯(福島)で行われたNIPPPON OPEN。同年のX GAMESアスペン大会のレポート記事を前職の『TRANSWORLD SNOWBOARDING JAPAN』で書いたのですが、それを振り返るとジェイミーが繰り出した高さのあるキャブ720について絶賛していました。NIPPON OPENでもキャブ720を繰り出しており、当時のレベルを鑑みると一歩先を行く存在でした。まだ10代だった彼女の抜きん出た滑りが強く印象に残っています。
 
ソチ五輪では、ジャンプもジブも安定感抜群。追い込まれた状況から、流れるようにパーフェクトなルーティンを繰り出していました。トリックに派手さはないが、スノーボードが本当に上手いと感じられる滑り。キャブ720とスイッチ・バックサイド540ともにスイッチスピンにもかかわらず、エアの高さが際立っていました」

JamieAnderson

ソチ五輪スロープスタイルでは圧倒的な強さで金メダリストに輝いたジェイミー(中)
photo: Chris Wellhausen

 

X GAMESでは18個ものメダル(内7個が金メダル)を手にしたジェイミーの滑りからは、技術や身体能力の高さだけでは語りきれないマインドの強さを感じる。17歳で脾臓が破裂するという大ケガを負った彼女は1週間ICUで生死を彷徨い、その経験から命についてそれまでとはまったく違う見方をするようになったという。
 
以来、ヨガや瞑想を生活に取り入れ、ケガへの恐怖と不安をできるかぎり排除してきた。どんなプレッシャーの中でも常に平常心を保ち、落ち着いた滑りを繰り出せるのは、そんなメンタルトレーニングがあってこそなのだろう。
 
女子ライダー全体のレベルが上がってきた今、頭ひとつ抜けているライダーとは彼女のように、いかに自分自身を知り、カラダやココロと向き合う時間が取れるかどうかが大きなカギとなりそうだ。

text: Yumi Kurosawa
photos: Chris Wellhausen

RECOMMENDED POSTS