BACKSIDE (バックサイド)

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SPECIAL

トラ・ブライトが打ち砕いたジェンダーギャップの壁【CUTE GIRLS Vol.1】

2021.12.09

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“Cute”と聞いてかわいらしさを連想するのは間違いないが、本企画のそれは色に例えるならピンクではなく濃いレッド。“New Cute”という価値観をガールズシーンに提唱する。
 
女性ライダーたちの血が滲むような努力の末に発展したトリックたちは、ハーフパイプでは1080、ビッグエアでは1260が繰り出されるまでに至った。リスクを顧みることなく己の限界と格闘し続けている「CUTE GIRLS」たちを紐解く連載がスタート。

圧倒的な実力差

圧倒的な実力差

サッカー、野球、レスリング──。これらの競技が「男のスポーツ」として扱われる場面は今でこそ減ってきたが、長らく社会に根づいたそのイメージを消し去ることは容易でない。
 
スノーボードもまた、“カッコいい滑りは男性が生み出すもの”というイメージが定着していたスポーツのひとつである。女性の滑りを表す形容詞に「男勝りな」「男らしい」という言葉が用いられることも少なくはなく、受け取る側も肯定的な言葉として捉えることが多かった。
 
そのようなジェンダーギャップが生まれた背景には、圧倒的な実力の差があった。五輪競技として1998年の長野大会から正式に採用されたハーフパイプでも、その差は歴然。BACKSDIE SNOWBOARDING MAGAZINE編集長の野上大介は、長野五輪での女子選手の滑りをこう振り返る。
 
「ハーフパイプのクオリティが低かったことも要因のひとつではあるものの、エアの高さは感じられず、最大でフロントサイド720のスピンをワンローテーションでは回せないためグラブも入っていなかった。大半はエアターンでもっともイージーとされるミュート(現ウェドル)グラブが多かった印象。キャラベス・バーンサイドが唯一、スケートボードライクな滑りでカッコよかった」
 
あのときテレビ画面を食い入るように観ていた側としては、同じ力強いドロップインと巨大な壁に堂々と立ち向かう女性選手たちの姿に憧れを抱いたものだが、当時、アマチュア男子でもグラブを入れながらフロントサイド720を回していたこと考えると、やはりその差さが大きなものであったことは確かである。


女子ハーフパイプ界のレベルと価値を変えたトラ・ブライト

女子ハーフパイプ界のレベルと価値を変えたトラ・ブライト

そんな長きにわたるイメージを払拭したのが、2010年バンクーバー五輪でのトラ・ブライトの滑りだ。バックサイド360から入りスイッチバックサイド720につなぐルーティンは、女子ハーフパイプ界のレベルや価値をネクストフェーズへと押し上げた。
 
「これまでの女子のパイプランは、スイッチスタンスになってもCAB360でノーマルスタンスに戻すのがスタンダードで、アーリーウープなど減速の要因になるようなトリックは滅多に出す選手はいなかった。でもトラ・ブライトが魅せたのは、バックサイド360(ブラインド方向に背中側から着地するため回転数のわりに難易度が高い)をファーストヒットで繰り出し、そのままスイッチバックサイド720につなぎ、バックサイド540→FSトゥフェイキー→CAB720というアブノーマルなルーティン。のちにダニー・デイビスがこうしたルーティンを披露して『超絶スタイリシュで独創的なルーティン』と評価されていることを鑑みれば、その走りであり、男女の差を埋めたのが彼女と言っても過言ではない」(BACKSIDE編集長・野上)

Olympics Vancouver 2010. Halfpipe

2010年に開催されたバンクーバー五輪では圧倒的なルーティンで頂点に立った
photo: Nick Hamilton

 

1本目で惜しくも転倒し、後のない状況だったにもかかわらず安定感のある滑りを披露できたのは、それまで積み上げてきた経験が自信となって、彼女の核に存在していたからだろう。
 
実は、2006年のトリノ五輪前に野上はコロラドのハーフパイプで当時19歳のトラ・ブライトを見かけている。「コーチである兄と二人三脚で黙々と練習に取り組んでいて、とても努力家」。そんな印象だったという。
 
トリノ五輪こそメダルは逃したが、同年に開催されたX GAMESで優勝。2007年のNIPPON OPENでは、バンクーバー五輪に繋がるハイレベルなルーティンで金メダルを勝ち取っている。当時、スノーボードの大会が民放で放映されることはなかった。そのため視聴者である我々はバンクーバー五輪でトラ・ブライトという存在を知り、“オーストラリアから突如現れた彗星”のようにも見えていた。しかし実際は、トラにとってのバンクーバー五輪はそれまでの集大成、あるいは通過点でしかなかったのかもしれない。


スノーボードを楽しむ姿勢に性別の垣根はない

スノーボードを楽しむ姿勢に性別の垣根はない

チャームポイントである白い歯をのぞかせながら、ビッグスマイルで試合後のインタビューに答える彼女に「男に勝ちたい」という意識は少しも感じられない。それよりもスノーボードと、そして自分と、ただひたむきに向き合うことで結果がついてきたのだろう。昨年一児の親となり“強さ”をアップデートした彼女は、母とアスリートそれぞれを全力で楽しんでいる。

TorahBright_riding

豪快に美しいスプレーを巻き上げるトラ。ハーフパイプで培ったライディングスキルの賜物

 
「最近のスタイルはパウダースノーを求めて動くことが多かったり、スノーボードで自然を探検することが楽しいかな! 私のライディングスタイルや価値観というものは、初めてスノーボードに乗った日に感じた素直な気持ちのまま。スノーボードと一緒に自然の中へ入ると、純粋な喜びと愛を感じるんです。今はそんな気持ちを息子と一緒に分かち合っています」
 
このように、トラは自身のスノーボード観について語ってくれた。

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「私たちはそれぞれの人生を歩み、自分自身の生き方で人生を謳歌しています。ROXYが掲げる “newCUTE”は、何がキュートであるのを再び考え直すもので、かっこいい女性たちに対して敬意を表しているキャンペーンだと感じます」とはトラの言葉

 

女性とか、男性とか、そんな性別にわざわざ区切る必要はない。ただスノーボードと向き合い、自分が楽しめば人生はハッピーになるのだから。
 
彼女の生き方からは、そんなメッセージが伝わってくる。

text: Yumi Kurosawa
photos: ROXY

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