BACKSIDE (バックサイド)

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SPECIAL

クロエ・キムが立ち向かう人種差別とジェンダー差別【CUTE GIRLS Vol.2】

2021.12.16

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“Cute”と聞いてかわいらしさを連想するのは間違いないが、本企画のそれは色に例えるならピンクではなく濃いレッド。“New Cute”という価値観をガールズシーンに提唱する。
 
女性ライダーたちの血が滲むような努力の末に発展したトリックたちは、ハーフパイプでは1080、ビッグエアでは1260が繰り出されるまでに至った。リスクを顧みることなく己の限界と格闘し続けている「CUTE GIRLS」たちのリアルな姿を本連載では紐解いていく。
 
Vol.2では、前回登場したジェンダーギャップの壁を打ち砕いたバンクーバー五輪ハーフパイプ金メダリストのトラ・ブライトに憧れ、そのバトンを受け取った平昌五輪ハーフパイプ女王、クロエ・キムに迫る。

トラ・ブライトから受け継がれるNew Cute

トラ・ブライトから受け継がれるNew Cute

「2014年1月末、ソチ五輪が開催される直前のX GAMESで初めてクロエ・キムの滑りを見ました。当時13歳で銀メダリストに輝いたわけですが、その前年に平野歩夢が14歳で銀メダルを獲得して樹立した最年少記録をあっさりと塗り替えたこと、また、日本の民放でX GAMESが初放送され、その解説という立場でもあったことから、クロエの衝撃デビューは鮮明に覚えています。
 
若さあふれる勢いや物怖じしない精神力もさることながら、その卓越した滑走技術に驚かされました。まだフィジカルができあがっていないだろう年齢にもかかわらず、当時の女性レベルでは間違いなく圧倒的なハイエアを誇っていたからです。力みや無駄のないテイクオフから繰り出されるスムースかつ爆発的なエアは、間違いなくウィメンズのハーフパイプシーンをネクストフェーズへと押し上げたと言い切って過言ではありません」(BACKSIDE編集長・野上大介)

ChloeKim_riding

挨拶代わりのメソッドエアでこの高さとスタイルを誇る

 

13歳でX GAMES史上最年少の銀メダルに輝き、翌年には金メダルを獲得。以降、女王としてハーフパイプ界に君臨しているクロエ・キム。そんな彼女の背景には、Vol.1でフィーチャーしたトラ・ブライトの存在があった。IOCが運営するOlympic Channelでクロエはこう述べている。
 
「私はトラ・ブライトに憧れて育ちました。 2006年の彼女の競技に刺激を受けて(米コロラド州で開催されたX GAMESでトラが銀メダルを獲得)、オリンピックに行きたいと思ったのです」
 
マックツイストやバックサイド360をはじめ、スイッチ技を連続するルーティンはトラの影響を受けていると言って間違いないだろう。


オリンピアンにも容赦なく立ちはだかる人種差別の壁

オリンピアンにも容赦なく立ちはだかる人種差別の壁

多彩なトリックや圧倒的なエアの高さの裏には、才能だけでなく血の滲むような努力があってこそだろう。しかしクロエの場合、いくら好成績を残しても心身を蝕む、ある“ノイズ”がついて回った。
 
アジア系住民に対するヘイトクライムである。
 
アメリカ主要都市では、2021年に入ってからの3ヶ月でヘイトクライムとみられる事件が前年の同じ時期の2.6倍にものぼっているという。今年4月、アメリカの大手スポーツメディアESPNで韓国系アメリカ人であるクロエは、これまで受けてきた人種差別について次のように語っている。

ChloeKim_Zoom

華やかなアスリートの表舞台とは裏腹に苦しみ続けてきたクロエ

 

「私がプロのアスリートである、またはオリンピックで優勝したからといって、人種差別から逃れられるわけではありません。私は毎月何百も“消え失せろ”といったような内容のメッセージを受け取ります。(中略)私はアジア人であることがとても恥ずかしくて嫌いでした。しかし、私はその気持ちを乗り越えることを学び、そして今はとても誇りに思っています」(ESPN記事より一部抜粋)
 
平昌オリンピック後に空虚さを感じたクロエは、絶えず生活に潜入してくるノイズから逃れるようにSNSの通知をオフにし、アプリを消した。そして、米ニュージャージー州にある名門・プリンストン大学に入学することを理由に、ライダー活動を1年間休止したのだ。それは、彼女にとって正解といえる選択だった。
 
「私は大学で素晴らしい友達を作り、今までにない会話をし、初めて気づきました。(中略)それは、私がよりオープンマインドで共感的になることを助けてくれたんです」


声を上げることを選んだ金メダリストたち

声を上げることを選んだ金メダリストたち

日本で暮らしていると、差別はどこか人ごとのように感じてしまう。しかし実際には、アジア系差別のみならず、女性差別、人種差別、LGBT差別と信じられないような差別が世界中にある。一時は韓国語を話せることさえも隠していたというクロエは今、“当事者”として声を上げることを選択した。
 
2021年の頭にクロエが3人の女性アスリート(サッカー選手: アレックス・モーガン、バスケットボール選手: スー・バード、水泳選手: シモーネ・マニュアル、いずれもオリンピック金メダリスト)とともに立ち上げた、メディアおよびECプラットフォームである「TOGETHXR」も意思表明のひとつといえるだろう。
 
ユネスコ2018ガイドラインによれば、スポーツメディアにおける女性アスリート報道の割合は全体のわずか4%であるという記述がある。TOGETHXRはそんな偏向報道の実態を受け「メディアにおける女性の狭い描写を打ち砕く」ことをコンセプトに、多様性を提唱し、すべての女性がもっと声を上げられる場を作り出していくという。

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天真爛漫な笑顔弾けるがCuteさだが、彼女の滑りはまさしくNew Cuteである

 

今年11月にアメリカの女性向けフィットネス誌「SHAPE」の表紙を飾ったクロエ。中のインタビューでは「私の太ももは今、巨大なの」という言葉がピックアップされている。
 
3時間にも及ぶハーフパイプの練習+1時間半のフィジカルトレーニングによって作り出された太ももは、あの圧倒的なビッグエアを生み出すクロエにとって最強の武器だ。ゆえに、“北京オリンピックに向けて準備は万端”と捉えることもできる。しかしその言葉の奥には、今の自分自身を誇りに思う気持ちが集約されているようにも思える。
 
“Beauty begins the moment you decided to be yourself.” (あなたがあなたらしくいることを決めた瞬間、美しさは始まる)──ココ・シャネル
 
ひと皮もふた皮もむけたクロエを見ていると、この言葉が浮かんでくる。
 
フィジカルとマインド、両者の準備が整ったクロエ・キムのこれからが楽しみでならない。

text: Yumi Kurosawa
photos: ROXY

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