FEATURE
【創刊10周年特別企画】ISSUE 2「フリースタイルスノーボーディングの本質」〈第5章〉フリースタイルスノーボーディングの本質とは?
2026.06.19
※以下、2017年に綴った言葉をそのまま掲載
EPISODE 5
フリースタイルスノーボーディングの本質とは?
「すごい短期間でいろんな滑りを吸収できた、恵まれた時代だったんだと思います。ニュースクールだったりビッグマウンテンだったり、いろんな時代でやってこれてよかった。だから、例えばジブばっかりやってる人の気持ちもわかるし、それにハマる理由もわかる。それぞれをひと通り、すべてを真剣にやってきたからこそわかりますね。それで全然いいと思う。でも、そんななかで気づく人っているんですよね。たまたまいつもとは違う環境で滑ったときに、ウソでしょ!って衝撃を受けることもあるだろうし。逆に、そういう機会がまったくなくて、同じメンツでひたすら追究していったらそのジャンルですごくなる場合もあるだろうし」
言うまでもないだろうが、ウエは間違いなく前者である。ここまで綴ってきた彼のスノーボード人生からそれを理解できると思うが、付け加えると、札幌というスノーボーダーにとって恵まれた環境にいながらも、結婚を機に東京に拠点を置いて10年以上生活していたこともある。これまでとは異なるスノーボード文化を、そのカルチャーに根づいたスノーボーダーとともに感じてきた。また、現在はひと回りほど下の世代とも積極的にセッションを行うなど、あらゆる環境に自然と身を置いてきたスノーボーダーである。そうしてきたことにより、間違いなく表現の幅が広がっていった。
「たまたまプロでやってきて、撮影という機会を与えてもらったり、接点がないような人たちとも出会うことができた。そういうチャンスはほかの人に比べたら多かったと思います。そこで、こういう滑り方もあるんだっていう刺激をもらいながら、そのすべてを吸収したいし、全部を楽しみたいと思ってやり続けてきたから」
ここまで、ウエの四半世紀を超えるスノーボード人生を紐解きながら、日本のフリースタイルシーンが育まれてきたバックグラウンドに迫ってきた。その過程において見えてきた新たなる表現方法は、これまでプロとして追求してきた究極の滑りよりも、純粋な楽しさを伝えるライディングに比重が傾いた。ゲレンデから始まったウエのスノーボード人生は、人力では決してたどり着けない斜面に向かい、再びゲレンデへと戻ってきた。
「確実に戻ってますね。今まで培ってきた技術を持ってゲレンデに戻ったときに、どんな表現ができるのかって。オレはジャンプばかりを追究してきたライダーじゃないし、いろんな要素を持ってるつもりだから、仮にほかのライダーと同じように滑ったとしても、ジャンプしかやってこなかった人よりも表現力が高いと思うんです。例えば絵が上手い人がいるとして、その人が学生の頃にそういう学校で勉強してたんだとしたら、芸術の世界を目指したときにいろんな表現方法ができると思うんですよね。基礎がしっかりできてるから、そういう領域にたどり着けるっていうか。フリーライディングをしてても何気ない一瞬のスタイルに、そういった部分が滲み出るんだと思います。いつもキッカーばかりやってる人のジャンプと、そうじゃない人のジャンプは全然違う。スロープスタイルの大会に出てた頃はジャンプもジブもやってたけど、サイドスリップしながらスピードを調整するのがイヤだった。なんかダサイなって。もともとフリーライディングが中心にあったから、キレイに繋いでアイテムに合わせるのが当たり前でした。バックカントリーでクリフを飛ぶ前にボードを横にしちゃったら、スプレーで何も見えなくなるわけですからね。そういったところを重視して滑ってきました。自然地形の中でこうした動きを身につけてきた人たちと、まっすぐ滑ってジャンプのテクニックばかりを磨いてきた人との差。どれだけ荒れたバーンでもしっかり飛べる人と、キレイに圧雪されたジャンプ台でしか飛べない人との違いですね。ギッタギタなところでも魅せられる人がスノーボーダーらしいなって」
まさしく、90年代初頭のニュースクール時代である。日本にはパークがほとんどなかったが、『ROADKILL』や『R.P.M.』といったビデオからの影響でとにかく飛びたかった。リフト上から飛べそうなヒットポイントを探しては、ゲレンデを縦横無尽に駆け巡っていたものだ。荒れた壁に突っ込んでみたり、非圧雪のコース脇から巻き込むようにギャップを利用して飛んでみたり……。
だが、状況は一変した。減少の一途をたどっていたスキー人口の穴埋めでもあったのだろう。邪魔者だったはずのスノーボーダーたちのニーズに応えるべく、日本のゲレンデにもパークが増加。現在ではクオリティに差はあれど、ほとんどのゲレンデにパークは存在する。環境が整備されたことにより、飛びたいという欲求はすぐに満たせるようになったものの、スノーボードの基礎であるカービングターンや、フリースタイルスノーボーディングの根幹であるフリーライディングがおざなりになってしまった。
その後、パークのクオリティを競い合う過程において、各アイテムは巨大化や複雑化していく。ともに成長してきたスノーボーダーたちは年齢を重ね、社会的立場を踏まえるとケガのリスクを軽減せざるを得なくなった。また、基礎ができていなかった大半のスノーボーダーたちは取り残されてしまう。そして、維持管理のコストや技術的なハードルが高かったこともありほとんどのハーフパイプが消滅し、滑走力を培える貴重なフィールドすら失ってしまった現在。
「でも、上手いとか下手とかは関係ないんですよ。上手いから表現できて、下手だと表現できないっていう話じゃない。こうしなきゃダメとか、こうじゃないとスノーボードじゃないってことはまったくなくて、楽しんでる人たちが一番カッコよく見える。それは技術だけじゃないし、環境でもない。こうやらないと上手くなれないってことじゃなくて、自分がどれだけ楽しむかってことを追求していったほうが、絶対に表現できるようになると思うんです。でも、こういう風にやらなきゃって考えて滑ってると、理論的になりすぎちゃって、みんながみんな同じような滑りになっていく。いろんなことを考えて滑ってるときって、オレはあまり好きじゃないんですよ。フラットバーンとかパークを滑ってるとすごく技術的になってくるし、いろんなことを考えすぎちゃって面白くないっていうか。だから、ツリーとか複雑な地形を滑ってるほうが好きなんです。木をかわしながら滑ったり、段差があるからどうやって飛び越えようとか、理論的じゃなくて動物的感覚なのかな。だからこそオリジナリティが生まれるし、理屈じゃないからフリースタイルなんだと思います。フリーライディングもそう。地形があったり、パウダーだったり、アイスバーンだったり……そういうところを自由に滑れるようになったら気持ちいい。今シーズンの初滑りのときも、わりと荒れてるとこだったり、まだ雪がついてないところでワイワイやりながらひっくり返ったりするのが、最高に楽しかった。どういうテクニックで魅せてやろうとか、人から見られてる意識で滑ってるよりも、難しい地形を滑ってるときって必死だからそれどころじゃないんですよね。そこを攻略できたときに、うわっ、楽しい!って(笑)」
意識的に“上手くなりたい”ではなく、無意識的に“上手くなっていく”ということなのだろう。パークアイテムはサイズや形状によってスノーボーダーのスキルを選ぶが、自然地形であれば、大きくも小さくも飛べる。同じ地形でも、上手ければ540ができるのかもしれないし、上手くなくても180はできるポイントなのかもしれない。
「そういうことですね。だから、上手いとか下手とかは関係ないんですよ」
90年代初頭はこうしたことが当たり前だった。そして、あの時代に現代スノーボードの礎が築き上げられた事実。
これが、フリースタイルスノーボーディングの原点であり、本質なのだ。
text: Daisuke Nogami(Chief Editor)
CONTENTS
Yoshinari Uemura
▶EPISODE 1 偶発的に出会った生涯の乗り物
▶EPISODE 2 “上手くなる”と誓った先に見えたプロへの道
▶EPISODE 3 あらゆる時代の滑り方が融合されたスタイル
▶EPISODE 4 バックカントリーを極めた末の原点回帰
▶EPISODE 5 フリースタイルスノーボーディングの本質とは?
Kohei Kudo
▷EPISODE 6 幼少期に育まれたフリースタイルマインド
▷EPISODE 7 ライディング&エディットに垣間見えた古き良きスタイル
▷EPISODE 8 競技スノーボードに足りないフリースタイル力
▷EPISODE 9 ライディングスタイルに映し出される生き方
___
ISSUE 2
「THE ESSENCE OF FREESTYLE SNOWBOARDING ──フリースタイルスノーボーディングの本質──」

スノーボードは、もっと自由でカッコいいものだったはずだ。
道具や環境が進化した現代だからこそ、自然地形を活かし、本能の赴くままに遊ぶ面白さを見つめ直したい。
ISSUE 2で特集した植村能成と工藤洸平の生き様を通して、その本質を探る。




