BACKSIDE (バックサイド)

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FEATURE

【創刊10周年特別企画】ISSUE 2「フリースタイルスノーボーディングの本質」〈第9章〉ライディングスタイルに映し出される生き方

2026.06.25

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※以下、2017年に綴った言葉をそのまま掲載
 
 
EPISODE 9

ライディングスタイルに映し出される生き方

2014年の秋、洸平は大きな転機を迎えることになる。中学時代からサポートを受けていたSALOMONを離れ、現在所属するDRAKEへの移籍を決めたのだ。
 
「これから25歳という年齢を迎え、スノーボーダーとしてどんな道を歩んでいくかって考えたときに、できるだけ長くプロとしての活動を続けていきたいという思いが強くありました。また、自分がライダーとしてブランドに貢献できることを考えたとき、自分の存在がそのブランドにとってより意味のあることが重要だと考えたんです。だから、これから一緒にブランドイメージを作り上げていくうえで、ライダーとして貢献できることがたくさんあるはずだと確信できた。自分の頑張り次第でいろんなことが変わるから、やりがいと同じくらい、ライダーとしての大きな責任感を感じています」
 
およそ2年前、決断に至った経緯をこのように話していた洸平。バンクーバー五輪出場を果たし、己のライディングスタイルに磨きをかけると同時に、映像を介した自己表現に注力するなかで、10歳の頃から抱き続けていた“ムービースター”という目標に向かって本格始動することになる。それは、同時期に語られていた次の言葉に耳を傾ければ、その強い気持ちを理解できるはずだ。
 
「これからの自分は、もっと雑誌やビデオなどのメディアを重視した動きをしたいし、大会にしてもオリンピックを前提にしたものじゃなくて、X GAMESのような、よりスノーボードらしさを追求したワールドワイドなビッグコンペに積極的にエントリーしたいと思ってるんです。これまで以上に世界でやっていきたいって気持ちが大きくなったときに、移籍の話をもらった。ブランド側も、世界で勝負したいっていう考えを理解してくれたし、インターナショナルライダーとしての契約を結ぶことで、自分自身もより身近にグローバルというものを感じられるようになりました」
 
「移籍したことで大きく変わりましたね。自分で表現していきたいって強く思うようになりました。あのままSALOMONにいたら、与えられたボードにただ乗ってただけで、今みたいに自分で絵を描くようなこともなかったんじゃないかなって」
 
DRAKEとインターナショナル契約を結ぶ際、2年目にはシグネチャーボードをリリースできる内容で締結した。そのとき、自ら描き下ろした絵をグラフィックとして出すことを決意する。
 
もともと、身近にアートがある環境で育ってきた。父親が美術学校に通っていたこともあり、自然と油絵などに触れる少年時代だった。小学校の工作では、スノーボードブランドのロゴを掘ったりするなど、スノーボードとアートが密接な関係にあったのだろう。当時、洸平が憧れていたライダーは、ひと回り以上世代は異なるが、アーティストとしての才能も開花させていたニュースクール時代の代名詞的存在、ジェイミー・リンだった。
 
「ジェイミーしか持ってない世界観がめっちゃ出てたから、カッコいいなってずっと思ってましたね。昔から絵を描くのは好きだったし、得意なほうでした。シグネチャーボードを自分のデザインで出すって決めてから、改めて描くようになったんです。テディ(クー)もめっちゃ絵を描くのが好きなんですよ。一緒に海外トリップすることも多くて、着いたらまずはアートストアに行って、筆とか絵の具を買って、時間があるときはふたりで描いてますね。今では、必ずスケッチブックを持っていくようになりました。だからって、それを仕事にしていきたいってことではないし、美術学校に行ってたわけでもないから、やり方もめちゃくちゃだと思うんです。でも、自分の感性で作りたいものを作れるから面白い。自分がイメージするものをデザイナーに伝えても、言葉だけだと伝わりづらいところもあるし、彼らもこだわりが強いから、なかなか思うようにいかないんですよね。どうしても妥協しなきゃいけないところが出てくるじゃないですか。そういうのがすごいイヤで、だったら自分で描こうと思いました。映像編集も同じ感覚ですね。『KANIDOURAKU』のパッケージロゴも自分でオリジナルのスタンプを作ったり、DVD盤面のイラストや映像内のテキストも自分で描きました」
 
90年代前半、スケートボードのテイストがスノーボードに投影されたことで、世界中にスノーボーダーが溢れることに。このことは先にも述べたが、そのニオイを嗅ぎつけた感度の高い人々が雪山を駆け抜け、ひとつのサブカルチャーとして確立されていく過程において、音楽やファション、そしてアートは不可欠な要素だった。その背景にあった、スケートボードのデッキに描かれるアートワーク。スケーターでありながらアーティストとして活躍する人もいれば、スケートデッキのアートワークとともにアーティストとして大成した人もいる。時代ごとに社会風刺を込めたアートが彩られてきた文化価値。そう、スケートボードとアートは深い関係にあるのだ。その価値観も含めてスケートボードからインスパイアを受けた当時のスノーボードは、デッキ・ソールともにアートで埋め尽くされていた。
 
「クラシックなボードを見るとめっちゃ興奮しますね。そういった後世に残るようなグラフィックのボードを作りたい。シグネチャーボードに描いた絵には意味があって、いつも山にいるとき何を感じてるのかってところから考えました。いつもあるのが、山、太陽、木で、北海道だと鹿が撮影中に走ってたりするくらい多いから、それらが浮かんだんですよね。それで何かストーリーを作りたいと思って描き始めました。そういう意味があるものじゃないと描けないし、こだわりがあったほうが絶対面白いと思って。三角形が山を表していて、そこから昇ってくる太陽の光があって、白樺の木と鹿をデザインしました。そして、太陽のパワーを表現するためにオレンジにしたかったんです。オレ自身が乗っててパワーをもらえるような板にしたかったから。来シーズン出すボードも、これに繋がったストーリーで作るつもりです。そういうこだわりが大事なんだと思います」
 
ライディング、映像、アート。これらが三位一体となり、工藤洸平という表現者が形成されている。これらの要素は、彼が伝えたいスノーボードを発信するうえで必要不可欠なものだ。意図したわけではなく、本能が赴くままに突き詰めた結果としてそうなった。その根底にある価値観は、幼少期に培われたフリースタイルスノーボーディングの本質にある。
 
「結局は、自分がどうしたいのかってことなんだと思います。個性を持ってる人の滑りって、ホント表現力が豊かですよね。カズだったら、アラスカを滑ってて絶対立てないでしょ!?ってところで立ってくる気合いとか、人間性が出る。エネルギッシュな感じが。オレはそういう力強さよりも、キレイで柔らかい感じにこだわってやってるから、そういう滑りが出ると思うんです。だから、自分が自然に感じてる気持ちいいと思う滑りを目指せばいい。“素”の気持ちで滑ってるスノーボードが一番カッコいいと思います。こうしなきゃダメとかじゃなくて、自分が気持ちよくできればそれがスタイルだと思うから。もちろん、理想はめちゃくちゃありますよ。その理想に対して頭の中で描いたカタチが決まって、“きたっしょ今!”って手応えを得られたときが、自分のスタイルなんだと思います」
 

フリースタイルスノーボーディングの本質

洸平が語っていた“素”のライディングというのは、ウエが言うところの“動物的感覚”な滑りに通ずるのだろう。ちなみに、ウエも自身のブランド・UMLAUTのアートワークを手掛けるアーティストとしての側面も持つ。
 
このように、性格や人格、人間性、美的感覚などのセンスが、フリースタイルスノーボーディングに直接的に反映されるということだ。決められたスタート地点から整備の行き届いた圧雪バーンをリップに向かってアプローチし、回転数やトリックの難易度を競い合うスノーボードの場合は少し違うのかもしれない。しかし、ゲレンデであろうがバックカントリーであろうが、どのようなラインを描くのか、どのヒットポイントを狙うのか、そのヒットポイントでどんな遊び方をするのか……すべてが自分次第という状況に置かれるのだから、その一つひとつの瞬時の判断には、性格やセンスが間違いなく表れる。だからこそ、気の合う仲間とのセッションは最高に楽しいということだ。
 
フリースタイルスノーボーディングの“原点”をたどり、現在に通ずるその“本質”を探る旅もそろそろ終わりだ。90年代初頭のサブカルチャーだった時代の滑りには、技術力を高める要素よりも、遊び方の幅を広げるための創造力を養える文化価値が宿っていたのだろう。整備の行き届いたパークやパイプでも、アイテムの側面を使ってトランスファーしたり、リップトリックを仕掛けてみたりと、センスよく遊ぶライダーたちがそれに該当するのだ。躍起となって同じアイテムでトリックの練習を繰り返すよりも、創造力を活かしてあらゆる遊び方にトライしたほうが、間違いなく楽しい。それでいて総合滑走力が身につくということは、プロスノーボーダーであろうが一般スノーボーダーであろうが、同じこと。それが、当時のスノーボードにはあった。
 
「一生満足するスノーボードはないのかなって思いますね(笑)」
 
この洸平の言葉にすべてが集約されているのかもしれない。だから、フリースタイルスノーボーディングは面白い。

text: Daisuke Nogami(Chief Editor)

 
 
CONTENTS

Yoshinari Uemura

EPISODE 1 偶発的に出会った生涯の乗り物
EPISODE 2 “上手くなる”と誓った先に見えたプロへの道
EPISODE 3 あらゆる時代の滑り方が融合されたスタイル
EPISODE 4 バックカントリーを極めた末の原点回帰
EPISODE 5 フリースタイルスノーボーディングの本質とは?
 

Kohei Kudo

EPISODE 6 幼少期に育まれたフリースタイルマインド
EPISODE 7 ライディング&エディットに垣間見えた古き良きスタイル
EPISODE 8 競技スノーボードに足りないフリースタイル力
▶EPISODE 9 ライディングスタイルに映し出される生き方
 
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ISSUE 2
「THE ESSENCE OF FREESTYLE SNOWBOARDING ──フリースタイルスノーボーディングの本質──」

 

 
スノーボードは、もっと自由でカッコいいものだったはずだ。
道具や環境が進化した現代だからこそ、自然地形を活かし、本能の赴くままに遊ぶ面白さを見つめ直したい。
ISSUE 2で特集した植村能成と工藤洸平の生き様を通して、その本質を探る。

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