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【創刊10周年特別企画】10年後の答え合わせ。BACKSIDEローンチの日に掲げた言葉
2026.06.02
2016年8月。BACKSIDE SNOWBOARDING MAGAZINEのローンチパーティーで配布した小冊子「ISSUE 0」に、こんな言葉を綴っていた。
「フリースタイルスノーボーディングの再構築」
当時のスノーボードシーンを見つめたときに感じていたことだ。パウダーライディング文化の成熟とオリンピック競技化の加速。その狭間で、本来メインストリームであるべきフリースタイルスノーボーディングが存在感を失いつつあるように映ったのである。
あれから10年。
國母和宏は2018年、世界最高峰のライダー授賞式で「RIDER OF THE YEAR」に輝き、世界を代表する表現者となった。平野歩夢は2022年北京五輪ハーフパイプで日本人スノーボーダー初の金メダルを獲得。そして2026年ミラノ・コルティナ五輪では、日本代表が金メダル4個を含む9個のメダルを獲得した。
競技化は、この10年でさらに加速した。そのいっぽうで、競技だけでは語れないスノーボーダーたちの生き方や表現の価値も確実に広がった。ビッグエア金メダリストであり、スロープスタイル銅メダリストでもある村瀬心椛は、その象徴的な存在のひとりだ。BACKSIDEでは彼女が12歳だった2017年、「日本人女性初となるBSダブルコーク1080の成功者は12歳 村瀬心椛」という記事を配信して以来、その歩みを追い続けている。
また、この10年で数多くのライダーたちが、バックカントリーやストリートで自己表現を追求してきた。その舞台裏(バックサイド)を発信し続けてきたつもりだ。さらに読者コミュニティ「BACKSIDE CREW」の活動を通じて、プロだけでなく一般スノーボーダーたちとともに、フリースタイルスノーボーディングの本質を共有してきた。
10年前に掲げた理想は、果たして実現できたのだろうか。その問いを抱えたまま、「ISSUE 0」を開く。
※以下、2016年に綴った言葉をそのまま掲載
日本最大手のスノーボード専門メディアに約12年間従事、そのうち10年と3ヶ月間に渡る編集長としての職務を全うし、今、新たなるステージに立とうとしている。その決断に至った経緯として、現在のスノーボードシーンを俯瞰で見つめ直したときに、一抹の不安と焦りを覚えたからだ。
成熟したベテランスノーボーダーたちはツインチップから浮力を得やすいボードに乗り替え、パウダーやボウルライディングでご自慢のターンを披露しながら、新たなる文化を築き上げている。はたまた人口の減少傾向や若者のインドア化などが囁かれる中、以前のようにパークで切磋琢磨しているスノーボーダーが目立たない。さらに、自らなのか親の意志なのかまではわからないが、オリンピック出場を目指し、ジャンプ練習施設で高回転スピンを操るキッズたちは増加傾向にあるものの、決して多いとは言えない。
そう、端的に述べると、オッサンの遊びでありキッズにとっては五輪種目という傾向が著しく、二極化の加速がとまらない。これはスノーボードだけに当てはまる話ではないかもしれないが、誰かがブレーキをかけなければ、マーケットの健全化は図れないのではないか。
なぜかと言えば、パウダーライディングやカービングターンに最初から興味を示すことの難しさは、スノーボード経験者であれば熟知しているはずだ。また、ダブルコークやトリプルコークというライディングレベルを目指すハードルは、すさまじく高い。
思い出してほしい。山岳スポーツやオリンピック種目である以前に、スノーボードはフリースタイルな遊びだった。だからこそ、前述したベテランやキッズを除いた中間層=若年層に対して魅力的に提案するためには、フリースタイルスノーボーディングでなければならないのだ。
こうした現状を踏まえ、メインストリームであるべきフリースタイルシーンを再構築するべく立ち上がる。ここで言うフリースタイルとは、プロであればバックカントリーを主戦場とするマウンテンフリースタイルや街中で格闘するアーバンライディング、さらにはコンペティションを含めたパークライディング。一般であれば、ゲレンデ内の自然地形を活かした滑りからパークまでのライディングスタイルを指す。
ただし、滑ることだけがフリースタイルではない。このようなライディングスタイルを極めた者たちのアイデンティティは、きっと一般スノーボーダーたちの滑走意欲に火をつけてくれるだろう。なぜなら、彼らの生き方そのものがカッコいいから。オリジナルにこだわり、自らが描くライン上に個性あふれるトリックを加えることで、己のスタイルを表現する生き物たち。ボードを脱いだオフスノーであっても、そのスタイルを貫くプロスノーボーダーも少なくない。そんな彼らの生き様を多くのスノーボーダーはもちろん、自己表現を追求するボードを履かない人間にまで届けるべく、その舞台裏(バックサイド)を紐解いていく。
加えて、スノーボーディングはアクション自体が面白い。高難度トリックを追求することには限界があるかもしれないが、スタイル溢れるトリックを目標に掲げれば、雪山での挑戦心を掻き立ててくれるはずだ。横乗りならではの特徴だが、フリースタイルに慣れるまではフロントサイド方向がイージーと言える。スピンをする際、テイクオフの瞬間に進行方向が見えているから恐怖心が少なく、ハーフパイプでもフロントサイドのほうが入りやすい。ジブアイテムに乗るときもそうだろう。そして、フロントサイドを攻略してバックサイドの動きにたどり着いたとき──きっとスノーボードの虜になっているはずだ。R系アイテムでトランジションをしっかり踏むことで高さを生み出せるバックサイドエア、バックサイド180ならではのスローな空中遊泳やブラインド着地の奥深さ、バックサイド・リップスライドでアイテムをまたぐ動きもクールだ。メソッドだって、バックサイド方向へトゥイークすることで美しさが格段に増す。
そして、スノーボードの歴史はバックサイドによって紡がれてきた。トリックにスタイルという息吹を与えた、ジェイミー・リンによるメソッド・トゥイーク。1996年に当時の常識を覆す巨大ジャンプでスノーボードの可能性を世界中に示唆した、インゲマー・バックマンが放ったバックサイドエア。2010年のバンクーバー五輪ハーフパイプでは、高難度化が加速していた競技シーンへのアンチテーゼとして美しさを表現した、國母和宏のマックツイスト・チキンウイング。2015年のUS OPENスロープスタイルで角野友基が繰り出した、世界初となるバック・トゥ・バックで決めたトリプルコーク1620スピンもバックサイドだった。
これらの理由から「BACKSIDE」と命名することにした。
さらには、プロスノーボーダーが輝きを放ち、アマチュアライダーたちがそのステージを目指し、一般スノーボーダーが夢中になって取り組めるスノーボードシーンを裏側(バックサイド)から支える媒体であり続けたい。スノーボーディングという遊びを通じて、その延長線上にある積極性や挑戦心をあおっていきたい。そこにフリースタイルスノーボーディングの本質が宿り、そこから自然との調和を原点としたスノーボーダーとしての人間力が高まっていくはずだから。
前職では、サラリーマンとして数字に追われる立場だった。減少傾向にあったフリースタイル愛好家ではなく、より広範囲にリーチするコンテンツ制作を余儀なくされていたのかもしれない。でも、それでは永続的な環境は生み出せないということに気がついた。フリースタイルスノーボーディングに魅せられ、ターンを極め、トリックを習得し、競技を経た後、バックカントリーに足を踏み入れるプロスノーボーダーたちの流れはとても自然だ。ターンが上手くできないのにトリックを習得しようとすることは論外だが、ターンを習得した先にはフリースタイルスノーボーディングがなくてはならない。
みなさんも、きっとそうだったはず。飛びたくて、回したくて、カッコよく表現したくて──そのために滑り込み、スノーボーダーとして生きてきたわけだから。
BACKSIDE SNOWBOARDING MAGAZINE 編集長 野上大介




