FEATURE
固定されていても自由に足を動かせる唯一無二のバインディング。SALOMON「SHADOW FIT」を改めて深掘り
2024.12.13
SHADOW FITのフィーリングを知ってしまったら、それ以外のバインディングが使えなくなると、チームライダーの中井孝治は宣伝ではないと前置きしたうえで、そう言い切る。それはなぜか。ヒールカップとアンクルストラップが360°ソフトに足首を包み込み、自由自在に動かすことができるからだ。さらに言えば、ヒールカップが柔らかいからこそブーツを選ぶことなくジャストフィットする。そのうえで、ヒールカップを回り込むようにしてベースプレート先端にかけて伸びているケブラーワイヤーの効果で、クイックに反応してくれるのだ。
改めてSHADOW FITについて深堀りするため、まずはその進化の過程を紐解きたい。そして、SHADOW FITの最新システムを使い始めてから女性史上初の大技を連発した村瀬心椛と、RELAY時代から使い続けてトップライダーに登り詰めた吉田啓介に話を聞いた。
SHADOW FIT進化論
2006年、冒頭で述べたようにSHADOW FITの前身となるRELAYがリリース。ヒールカップが柔らかいというその衝撃は、業界内へまたたく間に知れ渡った。
「乗ってさえもらえればそのよさを理解してもらえるのですが、露出しているワイヤーなど見た目の違和感や重量がネックとなり、RELAYが出た当初は販売の数字が伸びませんでした。そこで、RELAYに使われていたメタルが重さの原因だったのでそれらを排除し、ヒールカップからベースプレートに伸びているワイヤーをケブラーに変更したことで、大きく改善したのです。SHADOW FITという名称に変更し、その名のとおり影のような存在としてブーツ、そしてライダーを支え、着けていることを忘れてしまうほど快適にフィットするバインディングとして生まれ変わりました」
SALOMONプロダクトマネージャーの加賀谷徹氏は、このように当時を振り返る。だが、SHADOW FITとしてリニューアルしたばかりの頃は、現在と比較すると柔らかさが際立っており、その恩恵にあずかれる滑り手は上級者の一部に限定されていたようだ。
「RELAYから使っている人やSHADOW FITの特徴を理解してくれている人にとっては最高のシステムでしたが、試乗会などで新規ユーザーに使ってもらうと、動きすぎて怖いといった意見が一定数ありました。現行のシステムよりも明らかに柔らかかったし、パフォーマンス的にもかなり自由度が高かったように思います」
後述するが、自由度が高いほど、言い換えればヒールカップが柔らかいほどSHADOW FITの特徴を最大限に活かすことができるのだが、それを体感するためには高いライディングスキルが必要になる。もしかすると、この時代のSHADOW FITを試したという人は「自分になんか……」と使用を諦めてしまったのかもしれない。
「柔らかいからフリーライディング向けではなく、当初からコンペティターも視野に入れて開発を行っていました。ケブラーワイヤーがツマ先側からカカトまわりまでしっかりサポートしてくれているので、ヒールサイドへの反応はむしろいいですね。ヒールカップとブーツの間に無駄がないため、ライダーのエネルギーを余すことなくボードに伝えられます。開発の過程において、ブーツとバインディングの一体感をもっとも大切にしてきました。ヒールカップが柔軟だからこそどのブランドのブーツにもフィットしますし、ブーツを痛めづらいのです。だからこそ、その柔らかさばかりがフォーカスされてきたのかもしれません」
ヒールカップの柔軟性とケブラーワイヤーによるサポート力との調和が、15年近くの歳月をかけて格段に向上し、現在に至る。
「2018年のフルモデルチェンジで大幅に変わりました。初期のSHADOW FITを搭載したモデルと現行のものとでは、素材や形状、フレックス、ベースプレート、ストラップなど、すべてにおいて別物です。さらなる軽量化も実現しました。そのうえで、足の動きを制限しないというコンセプトは今も昔も変わりません。フリースタイルでもカービングでもパウダーでも、どんなシチュエーションでも足首の動きは重要です。グラブもポークもやりやすい。手前味噌ですが、メリットしかないバインディングなのです」
4回転を操る新女王・村瀬心椛を支えるSHADOW FIT
2023年9月、ニュージーランド・カードローナにて、女性初のBSトリプルコーク1440を成功させた村瀬心椛。さらに同月、女性史上2人目となるCABトリプルコーク1440を同リゾートでメイク。これらのニュースが世界中を駆け巡ると同時に、この時点でまだ移籍の発表はされていなかったため、彼女の足元がSALOMONであることが大きな話題を集めた。
「最初は違和感がありましたけど乗っているうちに、SHADOW FITのすごさに気づきました。今はもう、これがないと滑れないほど素晴らしいバインディングです」
SALOMONに搭乗するようになってから新技の修得や好成績をあげていることについて話を振ると、「自分ではよくわかりません。高校を卒業して自ら進路を決め、ひとりで考える時間が増えて気持ちが入れ替わったことも大きいです」としながらも、「自分がここまで動きたい、ここまで曲げたいっていうところまで(SHADOW FITが)効いてくれるのが、すごくいいですね」とSHADOW FITの機能性に太鼓判を捺す。
「テイクオフの瞬間はリップで一番力を入れなければいけないところですが、回転力を生み出すための先行動作が(雪面に)伝わりやすいと思います。オーリーも仕掛けやすいし、スピンの回転力も生みやすいですね。これについては自分だけでなく、ほかのチームライダーたちもみんな口を揃えて言っているので間違いないです(笑)」
テイクオフだけでなくアプローチ時の繊細なラインどりにも、足が自由に動かさることはメリットでしかないと心椛は語る。
「足首の動きを制限されると自分がやりたい方向にポークできなかったりするんですけど、SHADOW FITの場合は余計な力を入れずにできると思います。曲げたい方向に曲げられなかったときや刺したい方向に刺せなかったとき、変なところに力が入ってしまうことがあったんですが、それがなくなりました。自分の意図したように曲げられるから、その分、強く伝えられますね」
さらに、今年1月に行われた「X GAMES」で前述の2トリックに加えてFSトリプルコーク1440もメイクしたことを受けて、メイク率が上がったのでは?と問うと、「ランディング時に耐えなければいけないときにも、バチッと決めてくれます。ヒールカップが柔らかいから、硬いところに着地してもカカトが痛くなりづらいですね。技のメイク率は上がっていますが、それがSHADOW FITのおかげなのか、自分のスキルが上がっているのか、どちらなのかわかりません(笑)」
そうおどけてみせる心椛は、「好きなモデルさんがSALOMONのスニーカーを履いているのを見ると、スノーボードやスキー、アウトドア以外にも力を入れているのはうれしいですね」と、SALOMONがストリートやファッションシーンからも支持されている点についても喜びを隠せない。
「そうだ、あとバインディングが壊れなくなりました(笑)」
長年愛用している山滑り師・吉田啓介がSHADOW FITをぶっちゃけ
「足裏から足首にかけて、すべてが自由に動かせる感じですね。だから、ヒザをめっちゃ使うことができる。バインディングがついていない状態に限りなく近いと思います」
流れるようなラインを描くスムースなライディングスタイルは、滑走スキルだけでなく、SHADOW FITによる効果も大きいのかもしれない。國母和宏や佐藤秀平、工藤洸平ら同世代の仲間たちと日本のシーンを牽引し、2年前に自身のフルパート動画『BACKYARD』をローンチするなど、世界から注目を集める吉田啓介の言葉だ。彼の師にあたる前出の中井も、「通常のバインディングよりも可動域が広いため、まるで“360°のストラップ”に包みこまれているような感覚」と自身のブログに綴っているように、啓介同様の見解だ。
「スプリットボードに乗るときは他ブランドのバインディングを着けるんですが、パウダーでも足が引っかかっているような違和感を覚えます。SHADOW FITの場合、例えば、やや後傾気味でテールを効かせたカービングターンをしたいときのように、絶妙な体重移動がめちゃくちゃやりやすいです。オレは一番ヒールカップが柔らかい、DISTRICTっていうモデルを使わせてもらっています。RELAYの頃から足首まわりの自由さが気に入っていて、当時はパイプをやっていてGでつぶされることもありましたけど、かなり進化しましたね。多くのコンペティターたちが使っていることが証明していると思いますが、サポート力が強いタイプのモデルが増えてきて、パイプやパークでもむしろ評判がいいですね」
手つかずの大自然を自由かつクールに滑るフリーライディングの世界において、若かりし頃に培ったフリースタイルスキルが非常に重要となる。啓介はハーフパイプでそのスキルに磨きをかけてきた。
「着地時に耐えなきゃいけないとき、めちゃくちゃ粘ってくれます。また、空中でポークする動きはかなり調子いいですね。足首の引っかかりがほとんどないから、わかりやすく言えば、スケーターがオーリーして前足をめっちゃポークしているときって、後ろ足の裏が見えるくらいの状態で後方にヒザを折り曲げているじゃないですか。まさに、あの動きができるようなイメージです」
そこまで飛ぶこともないし……と、ここで離脱しようとしているベテランスノーボーダーがいるとしたら、次の啓介の言葉に耳を傾けてほしい。否応なしに、SHADOW FITに興味を示すことになるはずだ。
「特にパウダーライディングの場合、前足と後ろ足の動きを微調整することで加速と減速につながります。この動きがめっちゃ重要なんですけど、SHADOW FITの場合、その微調整がかなりきめ細やかにできるんです。前足40%、後ろ足60%くらいの状態から、徐々に30:70、20:80という感じで後ろ足に荷重にしていくとき、SHADOW FITだと1%単位で荷重・抜重ができるようなイメージ。一般的なバインディングだと、1%単位で刻むことはできないと思います。上達すればするほど動きが細かく繊細になっていくから、ステップアップしてレベルが上がるほど、SHADOW FITのよさがわかると思います。また、初心者のケガも減ると思いますね。足裏からしっかり動いてくれるから変にねじれることもないし、ヒザへの負担が少ないですからね」