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海を越え文化を超えて育まれる日米スノーボーダーたちの絆

2019.10.07

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さる9月29日。米カリフォルニア州のマンモスレイクスでスノーボードムービー『LLAMA PUNCH』の上映会が行われた。この映像作品、スノーボードの聖地であるマンモスマウンテンのローカルムービーなのだが、多くの日本人ライダーが出演している。その背景にあったのは、海を越えてやってくる日本の若手スノーボーダーたちと、文化を超えて根づいている日本にルーツを持つスノーボーダーとの熱い絆。日曜の夜、会場となったアメリカの老舗スノーボードショップ・WAVE RAVEに集まったのは大勢のローカルスノーボーダー、スケーターたちだった。

 

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日曜の夜に続々と集まったローカルのスノーボーダーたち

 

日本人の滑りによりスノーボードの聖地が興奮のるつぼと化す

 
近年、ここマンモスマウンテンには多くの日本人ライダーが訪れるようになった。2000年代にもマンモスを訪れるブームが日本人スノーボーダーの間ではあった。春の完璧なパークアイテムを求めてやってくるライダーがほとんどだったが、日本人のほとんどいないハイシーズンにローカルに溶け込んで滞在していたライダーもいた。日本国内に人工的な練習場が次々と出現し、スノーボーダーの海外離れが進んだこの10年間、マンモスもパッタリと日本人の客足が途絶えてしまっていたようだった。しかし、W杯や撮影でトップのライダーたちはマンモスへ足を運び続けていた。なぜなら、ここには世界トップレベルのパークやハーフパイプが存在するからだ。
 
私たちがこの山に拠点を構えてから3シーズン、訪れる日本人スノーボーダーの数は驚くほど増えてきている。国内の練習施設だけでは足りない部分、そして、一度来てみればわかるアメリカの開放的で自由な雰囲気に刺激され、翌年も舞い戻って来るライダーが多い。これまで日本人がいなかったこの山に住み始めた我が家が存在することで、安心して訪れてくれるライダーたちがいることも嬉しいかぎりだ。
 
カリフォルニアでどっぷりスノーボードとスケートボードに浸かりながら生まれ育った我が夫であるYOSHI (込山剛士) が、シーズンを通してマンモスマウンテンのローカルライダーや渡米した日本人ライダーを撮影した映像により、今回ひとつの作品ができ上がった。ローカルライダーと日本人ライダーが混合で出演している今作品は、日本がルーツのアメリカ人である彼ならではの作品ではないかと思う。カリフォルニアの文化とローカルライダーたちをよく知り、日本と日本人スノーボーダーをこよなく愛す。そんな彼だからこそのテイストが詰まったムービー。
 

Tora_Yoshi

夫・YOSHIと愛息・TORA

 
この作品が、マンモスに来る日本人ライダーとローカルをつなぐ、ひとつの架け橋となったらいい。そんな思いでスクリーンに映し出される映像に見入った。
 
ローカルライダーでメインとなったのが、ロン(フォース)、デバン(タブス)、ダニラ(シピロフ)。メキメキと頭角を現しているローカルライダーたちの滑りは圧巻だ。前日にビッグベア・マウンテンリゾートで行われたHOT DAWGZ AND HAND RAILSのイベントでベストトリックを受賞してきたロンのスムースな動き、長身に長い手足を持つデバンのスタイリッシュな滑り、若手のダニラの勢いあるライディング。マンモスローカルの彼ららしい遊び方はゲレンデにとどまらず、裏山、スケートパーク、湖と自由に範囲を広げている。
 
マンモスといえば、故ジェフ・アンダーソンを偲ぶVOLCOM BROTHERS SKATEPARKがある。映像にはスケートシーンも多く、X GAMESでも活躍しているクレイ(クライナー)らMADNESS TEAMの滑りも会場をうならせていた。
 
そんななか登場する日本人ライダーたちは、渡部陸斗、工藤大和、粟地未来をはじめとする10代のフレッシュで勢いある若手ライダーから、大御所ライダーの角野友基など。アメリカでも知名度の高い友基のスムースながら貫禄ある滑り、相澤亮のスタイリッシュさに感嘆の声があがった。そして、異色なスタイルで観客の目を惹きつけていたのは渡辺大介。「こいつは日本人なのか?」という雰囲気が会場を包んでいた。
 
多くのメンズライダーのなか、紅一点である岩渕麗楽がスクリーンに映し出されると会場は沸いた。登場シーンから小さな日本人の女の子だと誰もがわかるシルエット。その彼女がナチュラルなクリフや巨大キッカーで豪快なジャンプとトリックを次々と決めていく姿に、多くの歓声があがった。
 

ReilaIwabuchi

大きな歓声を浴びていた岩渕麗楽のダイナミックなジャンプ

 
後半はINKで活躍する大友寛介、大久保勇利らのジブのボードさばきに感嘆の声が漏れ、片山來夢のインパクトのあるハーフパイプシーンにも、また会場が盛り上がった。
 
 

世代を超えたスノーボーダー同士の交流

 
WAVE RAVEは1989年から、コアなスノーボーダーたちの絶大な支持を得ているスノーボードショップである。オーナーのスティーブ(クラッセン)は20代の頃、プロライダーでありながらこのショップをオープンした。その後、アメリカ最大のプロショップへと成長を遂げ、30年を経た今もなおコア層のファンと若手ライダーたちが集う老舗のスノーボードショップとして、アメリカ国内外から絶大な信頼を得ている。
 

WaveRave

このロゴを見たことがあるという日本人スノーボーダーも多いことだろう

 
そこには、スティーブが心から雪山を愛してやまないスノーボーダーだという紛れもない事実がある。彼は54歳となる現在もFREERIDE WORLD TOURでファイナル進出を果たし、巨大なクリフをジャンプして世界を沸かせると同時に、多くのスノーボーダーに刺激と勇気を与える存在なのだ。
 
出演していた若い日本人ライダーたちは数々のイベントが行われるWAVE RAVEに足を運ぶことは多いけど、スノーボードショップとしての歴史や背景を知る者は少ないだろう。また、春になるとパークで目にするトリッキーな日本人ライダーたちのことも、マンモスローカルたちはあまり知らなかったのではないか。上手い日本人ライダーのなかにもいろんな個性やスタイルがある。それを今回、この映像を介してこれまでよりも深く知ってもらえたのではないだろうか。
 
日本人ライダーの滑りにも歓喜の声をあげるローカルたちの盛り上がりを肌で感じながら、このショップでこのムービーを流すことの大きな意味を感じると同時に、胸が熱くなった。
 
上映中、YOSHIの隣りでスクリーンを見つめるスティーブの姿があった。エンディングのテロップとともに大きな歓声が沸き上がり、スティーブとYOSHIは熱いハグを交わしていた。イベントの翌日、スティーブはこう言ったそうだ。
 

Yoshi_Steve

オーナーのスティーブ(右)とYOSHI

 
「オレはオレで大好きなこの町に貢献している。オマエもオマエのやり方で、貢献していると思う。だから、雪が積もったら一緒に滑ろうぜ」
 
この言葉は何よりもの賞賛であり、今からちょうど10シーズン前までこの山の麓で寿司を握っていたYOSHIが、本格的にローカルとして根を張ったように感じた。
 
前座で流れた息子・TORAのムービー。すべての上映が終わり多くの人に声をかけられハイファイブを交わしているなか、白髪混じりのローカルのおじさまたちにも「オマエの滑り、カッコよかったぞ」と声をかけられ話し込んでいる息子の姿があった。
 

Tora

本編ではないがTORAのムービーも前座で公開された

 
小さな子供たちから長年雪を愛し続けている大人まで、同じ気持ちでスクリーンを眺め共有する熱い時間。ここは雪山が好きな人たちが集まる場所なのだ。子供たちは大人を尊敬し、また大人たちも若者を称えている。
 
息子にとって父親であるYOSHIの姿は輝いて映っていただろう。そして息子も「YOSHIの息子」というだけでなく、TORAというひとりのスノーボーダーとしてローカルたちに認められ、この場に存在していた。
 
「(息子は)今はオレにべったりだけど、いつか親離れするときがくる。大人になったときにも、うちの親父カッコいいことしていたなって思ってもらえたら嬉しい」

text + photos: Yukie Ueda

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