BACKSIDE (バックサイド)

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安藤健次が半世紀生きた証「ANDY×DAYZE WARPIG」ローンチパーティールポ

2023.10.18

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当日は雨模様だった札幌だが、都内から到着した夕方、すでに雨は上がっていた。ひさしぶりの10℃台前半を体感、デニムジャケットを羽織り季節の移り変わりを肌で感じながら、チェックインを済ませたホテルから会場まで足を運んだ。
 

左手前のおしゃれな建物が会場となった「BUDDY BUDDY」

 
さる10月6日、RIDE SNOWBOARDS(ライド スノーボード)からシグネチャーボード「ANDY × DAYZE WARPIG」をリリースしたアンディこと安藤健次と、そのボードグラフィックを担当したDAYZEの屋号で活動するアーティスト・堀井良輔の功績を祝うべく、札幌のレストランバーにてローンチパーティーが開催された。まだ開場前だったが、今の率直な気持ちをうかがうべくアンディと合流。いそいそと準備が進められる会場の中では比較的静かな2階奥に、アンディ自ら案内してくれた。
 

アンディ(右)のガレージを模した展示スペースに主役のふたりの姿が

 
「うれしいですね。でも歳をとると、やっぱりこういう華やかな場所は恥ずかしい。普段からパーティーとか夜遊びはほとんどしないし、夜は9時に寝て朝5時に起きてスケートや釣りをする生活だから、たまにはいいかな(笑)」
 
アンディは今年で50歳を迎えた。その半世紀の歩みの中で、他ブランドから14年間に渡りシグネチャーボードをリリース。その歴代ボードたちも含めて会場に飾られていた。これもRIDEの粋な計らいと言えるだろう。
 
「3年くらい前から、RIDEに入って10年を迎えるくらいのタイミングで、何かを形に残したいと思っていました。WARPIGという、オレのスノーボード人生にとって2回目となる楽しさを味わわせてくれたボードだから、このモデルで何かしたいって。日本はもちろん、アメリカの(グローバルブランドディレクターを務める)ジム(リンバーグ)とも相談をして、じゃあ面白いから出そうってことになったんです」
 
詳細は後に配信するANDY × DAYZE WARPIGのプロダクト記事に譲るが、本来はRIDE10年目にこだわりたかったアンディ。しかし50歳という節目は、それ以上にかなり大きいはずだ。
 
会場には同世代のライダーである植村能成の姿もあった。ほかにも、中井孝治や良輔の兄・優作ら40歳を目前に控えたライダーから、アパレルブランドを切り盛りする社長兼ライダーの工藤洸平、そして、アンディのチームメイトで進行役を務めていた野々垣瑠ら30代半ばの面々。さらに、渡辺大介や小川凌稀ら現役ライダーの中核を担う30歳前後のライダーに至るまで、幅広い世代が祝福にかけつけた。50歳でグローバルブランドからシグネチャーボードをリリースしたという事実は、多くの世代に新たな刺激と価値を与えたことだろう。
 

アンディと同い年のウエこと植村能成(右)

 
 

ともに1984年生まれの中井孝治(左)と堀井優作

 
「39歳でRIDEに入って、2016年からWARPIGに乗り始めて、ようやくひとつの形ができました。これまでも自分が思ったことを感性にまかせてやってきたし、これからもそのスタンスは変わらない。ただし、あと4年で自分が設定しているスノーボーダーとしてのエピソード1が終わります。これまでスケートボードの世界に入って、スノーボードで稼がせてもらって、結婚して家を建ててふたりの子供に恵まれ、下の子があと4年で成人する。そこから先がエピソード2。今やっていることは54歳以降も続けるけど、サーフィンとかゴルフとかもやってみたいし、あとは孫とスノーボードやスケートボードをすることがオレのエピソード2ですね」
 
イベント当日にリリースされた『KENJI “ANDY” ANDO × DAYZE × RIDE』と題された本シグネチャーボードのドキュメンタリームービーが会場内に流れると、場内は盛り上がりから一転して静けさを取り戻し、多くの人たちが映像に集中していた。
 

会場はスノーボーダーであふれていた

 
「10年後……還暦? 3段くらいの階段でちゃんちゃんこ着て、トレフリップじゃない?(笑)」
 
「イメージを作る。10年後の自分が何をしてるか。できるような身体を日々滑って作る。10年後、今言ったことを実現するために」
 
妻、娘ふたりの家族に見守られる中流されたムービーで、アンディはこのように語っている。筆者も含め、アラフィフ世代には強く刺さる言葉であり、これから歳を重ねながらプロスノーボーダーとして活動を続けていく来場していた多くのライダーたちの道標にもなったことだろう。
 

アンディを支え続ける家族たち

 
最後に、弊ウェブマガジンの読者の中心であるアラサーからアラフォー世代、さらにアンディの同世代に向けてアドバイスをもらった。
 
「攻めろとは言わないけど、柔軟に身体を動かして頭も使って、『こういう動きがカッコいいんじゃないか』とか『あそこでこれやったら面白いんじゃないか』とか、常に何かを意識して滑ること。そうやってワンランワンランでひとつずつ目的を持つことで、飽きずに楽しんで、知らず知らずのうちに攻めていたりね。それが上手くなる秘訣であり、楽しみながら好きでやり続けるコツでもあると思います。ワンランじゃなくてワンデイでもいいし、ちょっとずつ自分の小さい壁を越えていくような感じで滑り続けてくれたらうれしいですね」
 
アンディは日本、いや、世界中のベテランスノーボーダーたちを勇気づける存在であると同時に、動画の結びにあるように、次世代のスノーボーダーたちにも夢を与える。
 

時は流れてもアンディのスノーボードに対する想いがブレたことはないのだろう

 
「いつかアメリカのブランドでシグネチャーボードを出したい。そう思っていた夢が50歳で叶いました」

text: Daisuke Nogami(Chief Editor)
photos: Junichiro Watanabe

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