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角野友基や平野歩夢&海祝ら8名の日本人戦士が躍動した「WORLD QUARTERPIPE CHAMPIONSHIPS」現地ルポ
2023.06.13
今年の春も米カリフォリニア州マンモスマウンテンにやってきた「WORLD QUARTERPIPE CHAMPIONSHIPS 2023」。オリンピックでもワールドカップでもなく、それらの種目としても存在しない巨大なクォーターパイプを舞台に繰り広げられる、アメリカ王道スタイルのスノーボードイベントだ。
SLUSH THE MAGAZINE主催として2回目を数える今大会には、多くの日本人ライダーたちが招待された。昨年の第1回大会に引き続き招待された片山來夢、角野友基、佐藤秀平の3名に加えて、同メディアが贈るライダー授賞式「2023 SLUSHIES!」においてROOKIE OF THE YEARのタイトルを手にした平野海祝をはじめ、相澤亮、山田悠翔、柿本優空といった若手ライダーたちが名を連ねた。
さらに、言わずと知れた平野歩夢が現場に姿を現して出場を表明したのだから、日本人のみならず現地のアメリカ人たちはヒートアップ。12歳になったばかりの我が子、込山“オライアン”虎之介も出場となり、オリンピック金メダリストからローカルキッズまでが同じ舞台に立つという、貴重であり面白いコンテストが始まったのだ。
28フィート(約8.5m)ほどの高さがそびえ立つ正面クォーターパイプ。こうしたアイテムは世界中を探せどあまり存在しないので、滑り込んだ経験がある者は少ないだろう。ハーフパイプ選手が有利だと連想させるR形状だが、ラインどりなどハーフパイプのそれとはまったく異なる。
さらに、デッキの上には20フィートまで目盛りのついたポールが設置されていたので、ボトムからポールの先端までは48フィート(約14.6m)の高さとなる。しかも、ポールに表示された目盛りの15フィートから上は、すべて漢字表記ではないか! 主催のSLUSH THE MAGAZINEのボスであるパット・ブリッジーズは誇らしげにポールを指差しながら「日本人のヤツらが15フィートから上を飛ぶだろうからな。日本語にしたんだ」と、いたずらな笑顔で私に言った。
近年、全米のみならず世界のスノーボード界を牽引する最先端のメディアが今大会でこれだけ多くの日本人ライダーたちを受け入れたことからも、彼らが大会を盛り上げてくれることを確信しているのだろうと感じる。
昨年の経験から、今年も気合い十分の表情をのぞかせる來夢や友基。初めての場に緊張した表情を浮かべる若手ライダーたちと、それをリラックスさせるような笑顔を見せる最年長の秀平。それぞれの想いを抱えて巨大クォーターへと突っ込んでいった。その姿はまさに、勇敢な日本の戦士たちを見ている錯覚さえ覚えた。
今回のクォーターパイプには、多くのライダーが苦戦を強いられていた。練習が始まるとリップから外に飛び出してしまい、プラットホームに敷き詰められたマットの上に落ちたり、リップに弾かれてR部分に落とされているライダーが目立つ。「難しい」という声があちこちから聞こえてくるほどだった。
昨シーズンは設置されたポールを越えるほどのハイエアが繰り出されたが、今大会はいったいどうなることか。躊躇するライダーたちの練習風景を眺めながら、そうつぶやいていた。しかし、本番開始の13時を回ると、そんな私の心配は無用だったと思い知らされた。練習中には想像できなかったハイエアが連発したのだ。
本番の1本目からその口火を切ったのは、これまでにないハイエアを魅せつけた來夢だった。しかし、リップに思い切り着地したことで彼のボードはまっぷたつに。折れたボードを交換するために、慌てて現場を後にしたのだった。「誰かがやり始めたらやらないわけにはいかないからね」といった声が聞こえ始めると、トップライダーたちは次々とスキルと根性を魅せつけるのだった。
大歓声があがるハイエアや技が繰り出されると同時に、心臓が飛び出そうになるほど危ないクラッシュも連発。現場のアドレナリンはライダーだけでなく、観客たちからも放出されていたように思う。
「Kaishu(海祝)!」と、MC兼ジャッジを務めていたエディ・ウォールの持つマイクから、さらに、観客たちからも彼の名を叫ぶ声があがっていた。今やトレードマークとなった巨大メソッドを繰り出しオーディエンスを沸かせるも、海祝もまた衝撃的なクラッシュを連発していた。それでも休むことなく飛び続けるのだから、度肝を抜かれる。しかも、悔しがったり笑ったりしながら純粋に、自分自身が引き起こした衝動に駆られながら仲間とこの場を満喫している姿があったように感じる。後半に魅せつけたアーリーウープ・チャックフリップ540からのウォールランディングには、特大な歓声が沸き起こった。
巨大なトゥフェイキーで圧倒的な存在感を放った歩夢は、その次のランでさらにスピードを上げながらクォーターに突っ込んでいった。おそらく、今大会では誰よりも速いスピードだったと思う。その場にいた全員がその姿に目を惹きつけられる中、歩夢はとんでもない勢いで高く飛び出したがバランスを崩してしまい、着地はデッキのマットの上。一瞬現場は凍りついたが、歩夢は周囲に大丈夫だと伝え、自分の足で歩いて壁から下りた。
歩夢に限ったことではなく、これほどまでの衝撃を受けてなんでもないということはあり得ないだろうけれど、咄嗟の受け身や力の逃し方は流石だと思わざるを得ない。普通の人間だったら……と考えると。とてもではないが無傷は想像できない。
スロープスタイルやビッグエアのイメージが強い悠翔はRも滑りこなし、ポールの先端まで届きそうなハイエアからウォールライドまでを卒なくこなした。17歳の優空は慣れない形状に苦戦しつつも、最後までスタイルにこだわったエアを繰り出していた。ウォールライドからリップトリックにつなげることにこだわっていた亮がクールなトリックを決めると、玄人好みな滑りに業界人たちがざわめいた。
それぞれが必死に自分のスタイルを出し尽くそうとしている中、秀平は周囲に惑わされることなく、自分のペースでゆっくりと調子を上げているように私の目には映った。途中、自身の映像を確認すると「なるほど、わかった」と納得したうえで、その後は慎重でありながらも確実に攻めていく姿にベテランの風格を感じた。「この3時間でオレは自分のベストトリックを残せればいい」、そう言っていた秀平が海祝のメソッドエアと共演する格好で繰り出したスラッシュは多くのカメラマンの映像や写真に残され、今回のイベントを代表する作品となった。
大会自体は3時間だったが、公開練習を含めると6時間に渡って行われた本イベント。6月のカリフォルニアの気候がクォーターパイプを蝕んでいく。身体にダメージを受けて脱落していくライダーが増えていく中、“グロム”と称されるキッズライダーたちの出番が回ってきた。朝は緊張気味にクォーターパイプを見上げていたトラだったがトップライダーたちの滑りを見たことで、完全にアドレナリンが出ていたようだ。9m近い高さの壁を飛び出して、気持ちいいメソッドを決めていた。
最初から最後まで圧倒的なメイク率だった友基。「自分でも確実に失敗したと思うのは3本くらいだったと思う」というほど彼の滑りは卓越しており、高い完成度を誇っていた。
ハイエアやハンドプラントで確実に魅せていたディロン・ヘンリクセン(アメリカ)や、安定したエアと数々のトリックをメイクしていたスヴェン・ソーグレン(スウェーデン)と友基による三つ巴だと誰もが感じていた。前半でハイエアをメイクしたディロン、後半にダブルコークを完璧にメイクし観客を沸かせたスヴェン、そして、高さのあるバックサイド720やアーリーチャックフリップなど、常に高いエアをキープしていた友基。誰に勝利の栄冠が捧げられてもおかしくない展開に、ドキドキしていた。
今回のジャッジ陣を紹介しておくと、ピーター・ライン、ダニー・キャス、ハナ・ビーマン、前出のエディという大御所スノーボーダーたちが顔を揃えていた。彼らが選ぶ勝者こそ、技術力と表現力を兼ね備えた真の優勝者だと言える。
「こんなことを言うと周りに失礼だと言われるかもしれんけど、オレはホンマにラッキーだったと思う。こんなやばいメンツが揃った時点で、オレはここでヤツらと楽しんで滑ろうって思っていたから」
「ユーキ、カドーノ!」と優勝者の名が会場に響き渡った。昨年、來夢と競り合い優勝を逃した友基は飛び跳ねて喜びを表現し、その姿に多くのライダーたちが駆け寄りハグをしていた。
難しいクォーターパイプだったことは誰もがわかっていた。壁を選ばなくては外に放り出されるし、Rのつなぎが難しかったようだ。だからこそ、今回のクォーターパイプはパイプライダーもスロープスタイラーも関係なく、スノーボードの総合的な技術と経験が求められたのだと感じた。だからこそ、オールラウンダーとして名高い友基とスヴェンが最終ラウンドで競い合ったことも理解できる。
「この大会でこっちのヤツらにオマエはATVだって、やっと言われた!」と友基は嬉しそうに語っていた。ATVとはAll Terrain Vehicleを指しており、“全地形対応車”を意味する言葉。要するにオールラウンダー。どんな地形にでも対応できるスノーボーダーという称賛の言葉なのだ。
クォーターパイプというたったひとつの巨大アイテムで競われる本大会。これほどまでに奥が深いものだったのかと、イベントを振り返り改めてそう思わされる。来年はどんな王者が誕生するのか──今から楽しみだ。
eye catch photo: k4mara2000
words+photos: Yukie Ueda