BACKSIDE (バックサイド)

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JapaneseRiders

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本場アメリカのスノーボード文化を象徴する大会で日本人ライダーたちが大躍進。片山來夢が頂点に

2022.05.11

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米カリフォルニア州に位置するマンモスマウンテンにも春が訪れ、アメリカらしいイベントが行われた。その名も「THE 2022 WORLD QUARTERPIPE CHAMPIONSHIPS(以下WQC)」。オリンピックを頂点とするワールドカップなどのFIS大会とはまったく異なる趣向の、いわばアメリカの王道スタイルの大会である。
 
アメリカから世界へ発信され、現在のスノーボード業界で多大な影響力を持つ媒体へと急成長しているSLUSH THE MAGAZINEが主催のこの大会。創っているメンツがアメリカのスノーボードシーンを引っ張ってきた重鎮たちであるため、面白くないわけがない。しかも優勝賞金は、男女ともに5,000ドル(約652,000円)ずつというのだから、ライダーたちも狙いにきているに違いない。さる4月30日、招待ライダー50名によるアツい戦いが始まった。
 
「急遽マンモスで開催されることになったみたいなんだよね」
 
本来の開催地である同州タホが雪不足のためだと、日本からアメリカにやってきた佐藤秀平が教えてくれた。数年前までマンモスで行われていた「SUPERPARK」など、海外のビッグイベントに招待されていた秀平は今季、WQCへの招待枠も得ていた。
 
当時行われていたSUPERPARKは、普段のゲレンデではお目にかかれないような巨大でハイレベルなアイテムがあちこちに設置され、招待されたトップライダーたちの撮影会が行われていた。多くのプロカメラマンも集結していたことから、ここでの映像や写真は後にインパクトを持って世に出ていくこともあり、この場に招待されることはライダーたちの憧れでもあった。
 
今回のWQCは、その現代版と言えるだろう。みるみるうちに残雪がかき集められ、巨大な正面クォーターパイプがマンモスに出現した。
 

WorldQuarterpipeChampionships

 
これは面白そうだ。我が家に滞在中のナショナルチームに所属する木俣椋真も出場できるチャンスはないだろうかと模索する。椋真はあと一歩のところで北京オリンピックへの出場を逃したスロープスタイルの選手だが、R系も得意で何をやらせてもこなせる若手だ。
 
この時点で秀平以外にも2名の日本人ライダーの招待が確定していた。海外でも存在感抜群の角野友基と片山來夢だ。すでに3名の日本人ライダーの出場が決定していたので厳しいかとも考えたが、そのうえで椋真の意思を確認したうえで、彼のスポンサーであるK2本社から主催者側に連絡してもらうことに。すると、すんなりOKとの連絡が返ってきた。オリンピックやワールドカップのように日本人選手の枠が決まっているわけではなく、カッコいいライダーであれば若手にもチャンスがあるということを改めて感じることでき、うれしくなった。よって、日本人ライダー4名の出場が決定したのだ。
 

Yuki_Shuhei_Raibu

左から角野友基、佐藤秀平、片山來夢という日本を代表するフリースタイラーたち

 
 

Pat_Ryoma

SLUSH THE MAGAZINEのパット・ブリッジズ氏と木俣椋真

 
大会当日。晴れ渡るカリフォルニアの空に、まっしろな巨大クォーターがとてもよく映えた。イベントテントの周りは音がガンガンなり響き、たくさんの飲み物が雪に埋め込まれていた。ドリンクをケースのまま抱えて現れるライダーも少なくない。春のゲレンデならではの楽しそうな雰囲気は万国共通なのだろう。
 
日本人ライダーも次々とやってきた。緊張気味なのか、はたまた動じていないのか、淡々と準備をする椋真。いつも陽気でアメリカでも人気者の秀平。この2年間の滞在で、すっかりアメリカのスノーボード界に溶け込んでいる友基。そして、新婚の奥さんと一緒に登場した來夢。
 
予選と決勝、どちらもジャムセッションというゆるい流れで始まった。スタートして2本目、まだみなが様子を見ながら飛び始めている中、勢いよくとんでもない高さを叩き出した友基がデッキに乗り上げてしまい、ボードがど真ん中から折れた。身体はまったく問題なさそうだが、大会主催者たちは心配そうに取り囲む。
 
「ユウキ、オマエほかのボードあるのか?」
 
この序盤で友基に棄権してほしくないという期待感があからさまに伝わってくる周囲からの声。
 
「部屋にある! 3時間あるんだろ? とってくるから!」と、いつの間にめちゃくちゃ流暢になっている英語で周囲に伝えながら友基は去っていった。
 
そんなハプニングを目の当たりにした出場ライダーたちの多くは慎重にテイクオフしていたのだが、來夢が勢いよく突っ込んできてハイエアを繰り出し、場を沸かせた。実はこの日、あらゆる場面で來夢が会場の空気を変えていた。もちろんよい方向にね。
 
ライダーたちいわく、まっすぐスピードだけで抜けると壁の外に出てしまい、蹴るとボトムに返される。絶妙な調整が必要となるクォーターパイプに、ハイレベルなライダーたちも少々手こずっていた。ジャムセッションだったためありえないクラッシュシーンも続出し、それはときに笑いを誘い、ときにシビアな雰囲気が漂うこともあった。そうした状況下で必ず勢いよく突っ込んでキメてくるのが來夢だったのだ。「今のクラッシュ、見てなかったの!?」という奥さんの声に、「だから空気を変えようと思ってさ」と意気揚々と答える來夢がいた。
 
ハーフパイプで名を馳せてきただけあり、來夢は微調整もリカバリーも神懸かっていた。その來夢に負けず劣らず、近年はバックカントリーやナチュラルヒットでの滑りの印象が強い秀平だが、長年ハーフパイプで活躍してきた実績があるだけに、さすがの経験値と技術で回数を重ねるごとにエアの高さと技の難易度を上げていた。
 

ShuheiSato

 
 

ShuheiSato_Portrait

「オレは映像撮影で来ていたから、勝つよりも自分ができることをフッテージに残しつつ、そのうえでイベントを盛り上げられたらいいなと思っていました。さらに、自分の滑りが印象に残ればいいなって。でも正直に言うと、最近パークはあまり滑らないから、ひさしぶりに怖いなと思いながら滑っていたんですけど(笑)、これまでやってきたことや得意なものはできるということに気づかされたのはよかったですね」──佐藤秀平

 
ニューボードとともに戻ってきた友基は、キッズ時代にハーフパイプで鍛え上げたスキルだけでなく、根っからの勝負強さを発揮して飛ぶたびにエアの完成度に磨きがかかっていく。
 
そんな中、主にスロープスタイルの大会を転戦する傍らで練習に明け暮れている10代の椋真にとって、この正面クォーターとイベントの雰囲気は未知の世界だったのかもしれない。苦戦しながら黙々と練習する椋真にアドバイスを送る秀平の姿があった。
 

Shuhei_Ryoma

 
「日本人ライダーたちがヤバイことをしてくれてるぞ」と、MCがマイク越しに盛り上げていた。目立ちまくっていた4人全員がスーパーファイナルに進出したのだ。
 
スーパーファイナルではエアの高さや技の難易度とともに、会場の熱気も確実に上がっていった。その分、激しいクラッシュシーンも増え、日本人ライダーたちも限界ギリギリのところまで攻めていた。秀平はこれまでより高さのあるエアを放つも思い切りデッキに乗り上げてしまい、その際に手首を痛めて戦線離脱を余儀なくされた。椋真はスタントマンのような派手なクラッシュから無傷で立ち上がり会場を沸かせたものの、ここでフィニッシュ。
 

RyomaKimata

 
 

RyomaKimata_Portrait

「本番はだいぶ慣れてきたので楽しかったですね。いい雰囲気で面白かった。普段の大会だとまわりのライダーは結果を残すために持ち技を出すんですけど、今回はみんなめっちゃ攻めていて、その技やったことなさそうなのにトライしている人もいたので新鮮でした。イベントにはあまり出たことがなかったから、こんなに刺激のある場を経験できてよかったです」──木俣涼真

 
決勝は1時間半のジャムセッションだったのだが、最後まで滑り続ける來夢と友基の姿があった。Rを知り尽くし熟練された來夢の動きは、バランスを崩して人々をハッとさせたかと思えば、そこからリカバリーして体勢を立て直しホッとさせたり、誰よりもスムースな着地で痺れさせたりしていた。
 
それに負けじと、友基の着地でのストンプっぷりもすごかった。荒れてきたトランジションに耐えきれないライダーが増える中、友基はほとんどのランで着地に成功していた。それは彼の並外れたバランス感覚なのか、「絶対に立ってやる」という強い意志なのか。着地後に喜ぶ姿からは野性の気迫が感じられた。
 

YukiKadono

 
 

YukiKadono_GoPro

 
 

YukiKadono_Portrait

「(ハーフパイプが専門ではないため)自分にはできないと思ったらやめてるんだけど、考えてやってみると新しい気づきがあって、大会中その繰り返しが面白かった。ボトム落ちもしていたけど、あの状況で(身体を守るために力を)逃がしてコケるっていう選択肢はないから、オレは立ちにいっちゃうんですよ。だからめちゃくちゃ身体に負担がかかるんだけど、ほかのライダーが飛んでるの見ていると、やはり背中を押されましたね。どうやったら來夢みたいに一番いい場所にスムースに着地できるのか、どうやったら今の高さで回せるかとか、ずーっと考えながら滑っていましたね」──角野友基

 
残り時間がわずかとなった決勝後半は、來夢と友基の直接対決となっていた。会場全体に彼らの名を叫ぶ声が響き渡る。こうした大会の場にいるとつくづく実感させられるが、アメリカでの來夢と友基の知名度は本当に高いということ。業界関係者のみならず、一般の観客たちも彼らの名を叫んでいた。
 
ひと通りの技を出し尽くしたふたりは、それまでよりも確実に高さのあるエアターンにグラブを入れて飛び始めた。ファイナルの終了時刻となっても諦めずハイクアップする姿に、会場からは数多くの声援が飛び交い、主催者もMCもふたりを盛り上げていた。私は終了時刻を過ぎた時計を覗き込みながら、誰ひとりそれを問わずに來夢と友基を応援するこの状況に胸が熱くなった。
 
これがラストだと感じとったふたりは、雲の隙間から太陽が出るのを待ってスタート。20フィート(約6.1m)のバーをゆうに越しながら、これまで以上に高くきれいなメソッドを決めた友基は着地でほんの少し前に重心がかかり、惜しくも前のめりに転倒してしまった。トリとなった來夢は同じようにバーを越しながらテールをつかみ、見事着地に成功。会場がひとつになって沸いた瞬間だった。
 

RaibuKatayama

 
 

RaibuKatayama_GoPro

 
 

RaibuKatayama_Portrait

「この大会、今までで一番面白かったですね。知っているライダーやインスタで見たことあるライダーばっかりで、この場にいるだけでテンションが上がりました。今回は勝つことよりも、この場で自分の滑りを魅せたいと思っていたから、優勝というよりもその日一番ヤバかったってとらえてくれたことがうれしい。友基が日本人かどうかは関係なかったですね。面白いヤツは日本にもいるし海外にもいるから、国籍は気にしていません。それがスノーボードのいいところだから」──片山來夢

 
ふたりはそれぞれが自分の限界ギリギリのところまで挑戦していたと思う。滑り終えた直後の彼らから、ホッとした安堵の笑顔が見えた。結果がどうなるのか誰もわからないほど白熱した戦いだったが、表彰式前のふたりがレストハウスで向かい合いながら穏やかな表情を浮かべて談笑している姿が印象的だった。その表情から友基も自信を持っていたし、來夢もまた同じくそうだったのだろう。
 

Raibu_Yuki

 
表彰式が始まりMCが「RAIBU」とアナウンスすると、会場に歓声が響き渡った。立ち上がり勝利を喜ぶ來夢の姿には多くのカメラが向けられ、その場にいた誰もが心から祝福を送っていた。「オマエはヤバかった」「本当にカッコよかったぞ!」と、この日の來夢の滑りをみなが讃えた。
 
そのとなりには、來夢の優勝を笑顔で盛り上げる友基の姿があった。その友基にも多くの人たちが駆け寄り、「オマエも主役のひとりだ!」「このイベントを面白くしてくれてありがとう」と感謝の意を表していたのだ。
 

Raibu_Yuki_PrizeBoard

 
アメリカ本場のイベントを生で感じる興奮と刺激は、出場ライダーだけでなく観ているスノーボーダーたちの身体の芯にまで響いていた。優勝争いを演じていたのは日本人の來夢と友基だが、彼らはそれ以前に世界で通用するプロスノーボーダーとしてそこに存在している。小学生の頃から競い合ってきた彼らは今、それぞれ世界の舞台で認められているわけだ。このふたりが繰り広げた熱きバトルにより、日本人スノーボーダーが世界に羽ばたく新たな道がまたひとつできたのではないだろうか。
 
オリンピックやワールドカップとは一線を画する、90年代に見て憧れたアメリカのスノーボード文化。その現場で主役となり活躍した來夢と友基は、国境を越えてあらゆる世代のスノーボーダーの心をくすぐるに違いない。

text + photos: Yukie Ueda

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