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【連載Vol.1】斑尾愛にあふれたひとりのローカルがゲレンデを変えた。魅惑のツリーランコース開拓史
2023.12.29
2009年から徐々に拡大を始めた、斑尾のツリーランコース。その背景には、ひとりのローカルスキーヤーの斑尾愛にあふれた、14年にも及ぶ開拓史が存在する。斑尾ローカルが愛してやまない「SAWA」に代表されるツリーランコースの、知られざる開拓秘話に迫る。
ひとりのローカルがゲレンデ全体の風向きを変えた
斑尾マウンテンリゾートのツリーランコース開拓史を紐解くにあたり、欠かせないキーパーソンがいる。それが先述のローカルスキーヤー、北村明史氏だ。氏の両親は斑尾の麓でペンションを営んでいるため、子供の頃から斑尾を滑り込んできた。筋金入りの斑尾ローカルである。
物語は14年前、斑尾愛にあふれる彼が、斑尾マウンテンリゾートに就職したところから始まる。
「とにかくゲレンデがつまらん、と。ローカルだけが知っている面白いポイントはいくつも点在していたのに、当時の斑尾はそれを一般のお客さんには開放できていなかったんです。とはいえそれには理由があって、安全面、コース管理の方法、地権者の方々とのやりとりなど……僕が子供の頃から楽しんできたポイントをお客さんにも開放するためには、乗り越えなければならないハードルがいくつもありました。そこで、まずは僕が先陣を切って、斑尾をもっと楽しい遊び場にするために動き始めたんです。最初に開きたかったのが、ワールドカップコースのライダーズレフトに広がる森。ここは昔から僕のお気に入りポイントで、ラインを選べばツリーの中を連続でジャンプしながら滑り下りられるんです」
講習動画を視聴して腕章などを着用した者のみが滑走を許される、といった形でツリーランエリアが開放される動きは今でこそ盛んだが、満足度の高いエリアには、それ相応の滑走リスクがつきまとう。ゲレンデ側としては来場者の満足度と安全性を両立しなければならないため、ツリーランコースのオープンには慎重にならざるを得ないことは、想像に難くないだろう。
「当時の斑尾の代表もコアなスキーヤーで、僕のアイデアには共感していただきました。ただ最初は会社にとって、どんなメリット・デメリットがあるかわからない。最小限のコストで、管理されたコースとしてオープンさせるために、とにかく自分で動きました。まずは雪が降る前のコース整備から。できるかぎり自然に近い状態の森をコースとして提供するために、木々の間伐をしていきました。毎年雪が降る前にコースの整備をお願いしている地元の方々と一緒に、僕も山に入って木を切ったり。ゲレンデがオープンしてからは、開けたコース内のパトロール業務も自分でやりました。例えば、ひとつのコースを新しく開けたとすると、残っている滑走者がいないか、営業終了前にチェックするパトロールの業務が1コース分増えますよね。しかも、それが見通しの悪いツリーランエリアとなると、すごく神経を使う作業になります。まだパトロールとの関係性が構築できていなかった初年度は、自分でやるしかなかったんです」
拡大の一途を辿るツリーランコース
パウダーウェーブコースのオープンを実現させた北村氏だが、彼がお客様たちとともに楽しみたいコースは、もちろんここだけではなかった。これ以上は、会社からのさらなる協力がないと実現できない……。そこで北村氏が次に行ったのは、同じ斑尾を愛する人間として、会社全体を味方につけることだった。
「次に開きたかったのが、今『パウダーウェーブ2』という名前で営業している場所。そこの森の中に代表を連れて行って、一緒に滑ったんです。楽しいポイントを知っているんで一緒に滑りましょう!みたいなノリで(笑)。そうすると、代表もその場所を気に入ってくれて。これがキッカケになって、社内の風向きが変わり始めたんですよね。加えて、ツリーランコースを開き始めて2年目には、ツリーランを目当てに斑尾に来場してくれるお客さんが徐々に増えてきたんです。チャレンジから明確に利益が生まれた実例になったので、社内的にも追い風が吹き始めて。パトロールも含めて協力体制が整ったことで、毎年新しいツリーランコースをオープンすることができるようになりました」
自然地形の中を自由に冒険することに憧れを抱き、バックカントリーライディングを目指すようなスノーボーダーにとっては、自然にかぎりなく近い状態で管理されたツリーランコースでの冒険は、なんとも魅力的だ。昨今のバックカントリーブームを鑑みても、時代を先取りしてそのニーズに応えた斑尾に、スノーボーダーやスキーヤーたちが集まったことには納得がいく。
斑尾をホームゲレンデのひとつとして足繁く通うレジェンドライダー・丸山隼人いわく、斑尾のツリーランは「ツリーランコースとして整備されているからこそ、選べるラインが無数にある」ことが魅力のひとつであるという(過去の記事はこちら)。スノーボーダーにとって魅力的に映るツリーランコースは、どのように整備されているのだろうか。
「実際に滑ったときのラインを選びながら、間伐をしています。例えば、このラインでジャンプすればここにランディングするから、このままだとここの木にぶつかるな、とか。そういう基準で切る木を選んでいるんです。リバーラインやパウダーシアター、クリスタルボウルコースなんかを整備していく中で、地元の森林組合の方にも間伐を協力してもらうようになったんですが、基本的に切る木を選んでいるのはすべて、滑る人です。スキーヤーばかりですが、我々に比べて少し谷側に落ちる傾向にあるスノーボーダーのラインも考慮しながら、間伐を行っています」
滑走者の目線で整備されているからこそ、真に楽しいツリーランコースが実現できているわけだ。
ツリーランコースを家族で目一杯楽しむには?
斑尾のツリーランコースを語るうえで欠かせないのが、タングラム斑尾との境目に位置する「SAWA」コース。その名のとおり、ナチュラルパイプのような沢地形が続く人気コースだ。数あるツリーランコースの中でもオープンが遅かったこのエリアについても、北村氏に聞いてみた。
「ツリーランコースをオープンしていく中で気づかされたのが、これまでオープンしてきたコースはすべて、しばらくパウダーが降らなかったり雨が降ったりすると、途端にハードな斜面になってしまうということ。パウダーがなくても楽しんでいただけるコースを模索している中で、春先にはナチュラルパイプのようになって遊べる、あのエリアを開拓してみよう、となったんです。開けてみると意外にも、コアな客層だけではなく、例えば子供たちにも楽しんでもらえるようなコースになっていました。SAWAがコースラインナップに入ることによって、自然地形を楽しみに来るお客さんの層が広がったんです」
北村氏が中心となって次々にオープンさせたツリーランコースは、SAWAの登場によって、さらに多くのスノーボーダー、スキーヤーにとっての遊び場となったわけだ。子供たちが楽しめるエリアでもあるということなので北村氏に、「家族で一緒に斑尾を冒険するなら、どんなコースがオススメか?」と聞いてみた。
「斑尾のツリーランの特徴は、大体どこからでも出たり入ったりできるところにあります。はぐれてしまったとしても、容易にリグループできるんです。なかでもカモシカコースは斜度が比較的ゆるいので、家族で楽しみやすいと思います。ほかにも、クリスタルボウルコースは上のドロップポイントのあたりはスティープですが、途中合流するベアーコースから入れば家族で一緒に楽しむことができます。普段大人がどういうところを滑っているのか、クリスタルボウルを実際に見ることができるので、子供たちの次の目標にもなりますよね。滑走レベルによっては午前中にワールドカップコースなどでパウダーを楽しんでから、SAWAコースで地形遊びを楽しむのも、いいルーティンだと思います」
コースマップを改めて確認すると、14年間の開拓によって、斑尾の敷地内に存在する森の多くがコースとして開放されている。北村氏が抱えていた「ローカルが知るポイントを一般のお客さんにも開放する」という目的は達成されつつある。ここまで開拓されてきたツリーランコースを活かして、今後、斑尾マウンテンリゾートはどのように発展していくのだろうか。
「ツリーランコースは一度開けて整備さえ続けられれば、仮にゲレンデを運営する会社が変わっても、その楽しさが変わることはありません。もともとある自然地形を活かしているだけなので、スノーパークのように特定のスタッフがいなくなったら維持できない、ということが起こりにくい。お客さんにずっと変わらない楽しさと、新コースが開けば新しい楽しさを提供できるところが我々の強みですね。お客さんに満足し続けてもらえるようなゲレンデを、ツリーランコースの整備を通じて実現し続けます」
photos: Gaku Harada
text: Yuto Nishimura(HANGOUT COMPANY)