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佐藤秀平が生まれ育った北海道パウダーベルトの旅【前編】星野リゾート トマム
2023.11.13
北海道パウダーベルトとは、北海道の中央に位置する道北エリア南部を指す、世界でも有数のドライパウダースノーを味わえる地域の総称である。その中心地・旭川で生まれ育ち、昨シーズン発表されたシグネチャームービー『SHUTIME』が世界中で話題を集めるなどグローバルに活躍中のトップライダー、佐藤秀平にそのガイド役を依頼した。売れっ子ライダーのトップシーズンは言わずもがな多忙であり、本記事のために与えられた撮影期間は20~22日までの3日間。
その日の夜、道北エリア最南端の占冠村に入ると、しんしんと雪が降り続いていた。午前中の大雨から一転した天候に頬を緩めながら、トマムに到着。秀平と合流し、日本初のスキーインスキーアウトが可能なヴィレッジ・ホタルストリート内にある「麺屋 竹蔵」のラーメンをすすりながら、明日予定しているキャット(雪上車)ツアーの撮影について打ち合わせた。
安全かつ安心にプロから一般まで楽しめるバックカントリーツアー
20日朝、キャットツアーの集合場所であるトマム・ザ・タワー1Fのロビーで撮影クルーは合流。しかし、前夜の降雪の影響によりスタートが少し遅れるとのことだった。この瞬間、クルー一同期待感に包まれたことは言うまでもない。
車を20分ほど走らせると、キャットツアーの開催地である狩振岳に到着した。ここはゲレンデではなく自然の山、いわゆるバックカントリーエリア。狩振岳を知り尽くしたガイドによる案内のもと、ノートラックのパウダースノーが味わえることはもちろん、豪華ランチまでが付いている贅沢なバックカントリーツアーだ。
「以前、別のキャットツアーに参加したことがあるんですけど、ガタガタ揺れて寒いイメージしかなかったのに、トマムのキャットはめちゃくちゃ快適ですね。そこまで揺れなくてむしろ暖かいし、シートも座り心地がいい」
近況を含めこのような会話をすること20分ちょっと、最初のポイントに到着。暴風が吹き荒れており、薄日がさしているコンディションだった。あたりを見渡すと、さすがはナイスガイディング。秀平にうってつけの雪庇が育っていた。
「素晴らしいロケーションにパッと行けるのがキャットならではですよね。到着してすぐに『撮影場所はあそこだな』って感じでスムースに準備できました。あのポイントがよかったのは、横から雪庇の下の斜面が見えたこと。雪庇の先が見えない状態だったら、下からチェックしないとスピードや距離感がわからないからいきなりドロップはできないけど、このポイントは一発目からいけましたね」
狩振岳は占冠村でもっとも高い山。なかなか太陽が顔を覗かせない状況で強風だったため、標高1,000mを超えるのこのポイントは凍てつく寒さだった。そんな状況にもかかわらず、秀平は一発でフロントサイド・クレイルインディを決めたのだ。國母和宏率いるSTONPでの撮影やSIMS SNOWBOARDS(シムス スノーボード)のグローバルシューティング、冒頭で述べたSHUTIMEでの撮影経験を通じて鍛え上げられた滑走力と表現力を目の当たりにした瞬間だった。
「スピードも飛距離もイメージどおりでした」
人里離れたバックカントリーに歓喜の雄叫びがこだましたことは言うまでもない。
一般スノーボーダーでこの雪庇を飛べる猛者は少ないだろうが、ここからがメインフィールド。前夜の降雪や強風もすべて計算に入れたうえで、吹き溜まっているスポットに案内していただいた。
「すごく的確にラインどりを教えてもらいました。ガイドの人たちが狩振岳を知り尽くしているから、例えばあそこの広いオープンバーンを抜けたらどうなっているかまでアドバイスしてくれるので、一般のスノーボーダーは安心して滑ることができるんじゃないですかね」
このツアーでは、ビーコンやショベルなどのアバランチギアを無料で貸し出してくれる。さらに、プロフォトグラファーがあなたのライディング写真を撮ってくれるサービスも(写真購入時に別途料金が発生)。バックカントリーに興味がある読者のみなさん、ぜひトマムのキャットツアーに参加してみては?
「仮に雪が降っていなかったとしても、風による吹き溜まりでリセットされてパウダーを楽しめます。オレがいつも撮影で滑っているような斜面に比べると斜度はゆるいけど、逆に一般の人たちにとっては快適に滑れると思います。広いバーンからツリーまでバリエーション豊富で、林の中に入っていくとマッシュがあったり。ガイドの人たちが『あそこ倒木あるから飛べますよ』とか教えてくれるので、いろいろなルーティンで楽しめますね」
メローな斜面を切り裂きながら、僭越ながら筆者もマッシュを飛ばせてもらった。秀平のバックサイド360を拝んだ直後に、雪庇で見た彼のフロントサイド・インディクレイルをマネしようとするもグラブが届かず、しかも想像以上の落差に着地で弾かれ、パウダーランディングの難しさを痛感。プロスノーボーダーの偉大さを改めて感じながら、ランチ会場である大型テント、モンゴルの移住式住居であるパオに到着した。
キャットツアーのサプライズランチ&充実のホタルストリート
パオに入った瞬間にゴーグルが一気に曇った。それほど快適で暖かい空間が用意されている。キャットツアーの最大利用者数12名を収容できるように設計された囲むようなダイニングカウンターに座ると、まさかのすき焼きが登場。バックカントリーのど真ん中でこれほどまでに贅沢な料理が出てくるなんて……衝撃的だった。
「初めてだったんですけど、すごすぎてビックリしました。テントの中は暖かくて快適だし、えっ、ここですき焼き食べられるの?みたいな不思議な感覚でした。雪山の中で温かいものが食べられて、特にすき焼きは美味すぎましたね。ゲレ食とはまったく違って、めっちゃVIPな感じでした」
冷えた身体がリセットされ胃袋も満たされた一行。撮れ高十分だったので撮影することなく、食後の運動として余りまくっているパウダースノーでのライディングを堪能。通常のツアーでは午前・午後で5本前後が予定されている。贅沢極まりない時間を過ごした後、トマムへと戻った。
ホタルストリート内のハンバーガーが美味しい「cafe&bar つきの」でコーヒーをゲットしてひと息。先出のラーメン屋のほかにも、北海道ブランド肉を豪快に焼き上げる「カマロ・ステーキダイナー」、札幌で行列ができるスープカレー店「GARAKU」、北海道の食材にこだわったイタリアンダイニング「アルテッツァ・トマム」、和茶と和菓子の「ミセス ファームデザインズ」、アウトドアのセレクトショップ「フルマークス」などが出店している。ホタルストリートだけでも十分に楽しめる空間だ。
「ウィスラーみたいな雰囲気でしたね。高校時代はウィスラーで過ごしていたので、なつかしい感じで居心地がよかったです。外にこたつがあって暖をとれたりと、そのギャップもいい感じ。ご飯も美味しいし、ゲレンデで必要な雪山グッズも揃えられるからいいですよね」
タイトなスケジュールのため、これから旭川エリアへ移動しなければならない。コーヒーブレイクもつかの間、宿泊していたリゾナーレトマムへ足早に向かった。
豪華すぎるホテルでトマムの雪質談義に花が咲く
本トリップでは夜チェックインの1泊だけだったが、秀平は今年の夏、家族でリゾナーレトマムに宿泊していた。
「ホテルは本当に最高! サウナに入っているときに水を溜めておいて、たっぷり汗をかいたら水風呂にドロップイン。それを何ラウンドか繰り返したら、水を抜いてお湯を溜めてジャグジーを堪能します。すべて部屋で完結できちゃうのが贅沢ですよね。これはひとりでいつもやるルーティンです。今年の夏、初めて家族を連れてきたんですけど、みんなめっちゃ喜んでくれました。子供連れで行くとこの部屋とは違って、2段ベッドの子供部屋のパターンもあるんです。子供たちも超喜んでいましたよ。今回の部屋には昔使っていたリフトがあって雰囲気もオシャレだし、そのうえでブーツを干せたりする機能性も含めて、すごくいい空間でした」
パッキングを終えて少し時間にゆとりができたので、今回は滑れなかったゲレンデについて聞いてみた。今はないのだが、かつてのトマムにはクオリティの高いハーフパイプがあったことを知っているという読者諸兄姉もいるはず。ハーフパイプの大会を転戦していた当時、秀平はトマムにコモっていた経験がある。そのため、ゲレンデを熟知しているのだ。
「トマムのいいところはホテルの目の前からリフトに乗れて、滑ってゴンドラがあるトマムマウンテンに移動できること。足慣らしにちょうどいいですね。そして、ピークに行くと雄大な景色を望める霧氷テラスがあるんですけど、その右手がパノラマリッジ。このライダーズライト側のツリー内が上級者限定解放エリアになっていて、『冬山解放エリア』の看板があるところは落とせるんですよ。けっこう斜度があるから、めっちゃ面白いんですよね」
2024年1月中旬から3月末の間で、安全確認がとれ次第順次解放していく。「ありのままの自然を楽しんでいただきたい」というリゾート側の想いから、冬山解放宣言を提唱しているトマム。yukiyamaアプリの登録後、理念合意書の同意と滑走時にはヘルメット着用が義務づけられるが、管理されたゲレンデを越えて、極上のパウダースノーを味わえる。
「冬は西高東低の気圧配置になりますが、日本海側から雪雲が内陸に移動してくるにつれて湿度が低くなり、旭川や富良野にはとても軽いドライパウダーが降ります。旭川エリアは盆地地形で冷え込みやすいのでさらに昇華して、雪がサラサラになるんですよ。その残りの雪雲がトマムに軽く雪を降らせます。軽すぎて底当たりすることもあるんですけど、まとまった降雪の場合は世界的にも見ても雪質は抜群ですね。南岸低気圧が接近すると、トマムの降雪量が増えます。トマムの方に聞いたんですけど、シーズン中に2、3回くらいふたつの低気圧が合体して、爆弾低気圧になってドカ雪が降るんだそうです」
降雪量は旭川エリアや富良野ほどではないものの、ツリーの中に雪が溜まるポイントでは極上のドライパウダースノーが長期間楽しめるのがトマムの特徴だ。本トリップではたった一日だったがこうした雪質を存分に堪能し、さらに雪深い地・旭川へと向かった。
後編へ続く
text: Daisuke Nogami(Chief Editor)
photos: Tsutomu Nakata