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日本の女子ハーフパイプ陣を牽引する松本遥奈を直撃【CUTE GIRLS Vol.3】
2021.12.24
女性ライダーたちの血が滲むような努力の末に発展したトリックたちは、ハーフパイプでは1080、ビッグエアでは1260が繰り出されるまでに至った。リスクを顧みることなく己の限界と格闘し続けている「CUTE GIRLS」たちのリアルな姿を本連載では紐解いていく。
Vol.3では、日本人として初めてその1080をハーフパイプで繰り出し、それまでは格差が大きかった世界レベルに日本の女性ライダーたちが通用することを証明した松本遥奈を直撃。独占インタビューを行うことに。
そこには、幼少期から男女差を意識しない凛々しい思考があった。
世界トップの男たちに憧れ培われたライディングスタイルとその価値観
世界トップの男たちに憧れ培われたライディングスタイルとその価値観
──2011年から國母和宏がUS OPENで2連覇を達成し、2014年のソチ五輪では平野歩夢と平岡卓が銀・銅メダルをそれぞれ獲得するなど、男子ハーフパイプでは当時から日本人がトップに君臨しています。それらを間近に見てきたなかで、どのように目標を立て、ライディングスタイルを確立させてきましたか?
あまり「男子」「女子」いう物差しでは見ていなかったかもしれません。というのも、小さい頃からカズくん(國母和宏)やコウヘイくん(工藤洸平)の滑りを見て、マネて、後ろにくっついて練習しているような環境だったので、男子だからというよりも、“この人たちみたいにカッコよく滑りたい”という思いが強かったから。
当時の「女子の滑り」というのを強いて言葉として表すなら、エアの高さを追求するよりも、スピンに特化している選手が多い印象でした。私はそれよりも、カズくんやコウヘイくんのように低回転スピンでもブッ飛んでグラブをつかむのがカッコいいと思っていました。だからこそ、ソチ五輪で3つ年上のラナ(岡田良菜)がズバ抜けた高さを出していたのには少なからず影響を受けたし、追いつきたいという気持ちもありました。スピンができても高さがなければ海外では通用しないとわかっていたので、その頃からとにかく高さを出すことを一番に考えてトレーニングしてきました。
一番自信のあるクレイルをルーティンの一発目に組み込んでいるのは、“高く飛んで何かを魅せる”ことを教えてくれた、お兄ちゃんたちの影響が大きいです。
──エアの高さ追求するために、具体的にどんなことをしていますか?
オフシーズンの筋力トレーニングですね。私の場合、スピードを活かして飛ぶというよりは、飛ぶ瞬間の“踏む力”で高さを出します。なので、夏はスノーボードを履かずに、足腰を作るための筋トレに専念しているんです。基本的にはフリーウエイトで、スクワット、ベントオーバーロウ、デッドリフト、ルーマニアンデッドリフト、ヒップスラスト、ブルガリアンスクワットなど、背中やお尻を中心にGに耐えられる力をつける。左右の脚で筋力が違うので、差をなくすために片足でトレーニングをしたり、ダンベルやチューブを取り入れたメニューを取り入れたりもします。これを週に3回程度オフシーズン続けていると、シーズンに入って雪上に立ったときに違いが明らかなんです。しっかり踏める感覚がよくわかります。
──遥奈さんといえばハーフパイプでのヒット数がほかの選手よりも多いですが、それもこの「踏む力」が影響しているのでしょうか?
それはあると思います。クロエ・キムのようにリップに対して斜めに入ってスピードを出しながら高さを出せる選手もいるけど、私は斜めに入ると力が逃げてしまって高く飛べないんですよね。特にフロントサイドに関しては、垂直に近いラインをとってGを感じながら上っていったほうが高く飛べるんです。そうするとその分ヒット数が増えるんですが、(壁に対して切れ上がったラインどりをすると減速しやすいため)エアの高さは落ちやすくなる。それでも高さを出すために筋トレがマストだと思っています。ただ多い日は7ヒットくらいになるから、何のトリックをしようかなと迷うこともあります(笑)
──そのヒット数の多さとエアの高さを同時に繰り出せるのは強みですよね。もうひとつ、日本で最初にマスターした1080も大きな武器だと思うのですが、その大技を手にしたことで世界との距離が縮まったと感じますか?
実は、900から1080は意外とすぐにできたんです。720から900は着地が見えなくなるから習得するまで数年単位で時間がかかったけど、900は逆に回りすぎてしまうので1080まで回ってしまったほうが私としてはラクで。
完成度は低いけど1080を大会で出せるレベルになった2010年頃はまだ、ほかにケリー・クラークくらいしか1080をやっている選手がいなかったので、その年に(米カリフォルニア州)マンモスマウンテンで開催されたワールドカップでは、1位のケリーに次いで2位になりました。(この大会でクロエ・キムは4位)
確かに1080を出せるようになってから成績は伸びてきたけど、完全に習得したかといえばそうじゃない。グラブも甘い部分があるから、クロエのように確実につかめるようになりたいし、できるかぎり斜めに軸を入れたい。ほかにもバックサイド900やキャブなどのスピンを持っている選手もいるので、トップを目指す以上は1080の質を高めつつ、ほかの技にもトライしていかなければいけないと思っています。
笑顔を忘れずに楽しみながら強くなる
笑顔を忘れずに楽しみながら強くなる
──あなたを見て育ってきた下の世代である、今井胡桃や冨田せな・るき姉妹、小野光希らが実力をつけてきています。彼女たちのライディングやパーソナルについてどう感じていますか?
確かにすごい勢いで成長しているし、確実に強くなっていると思う。特にここ2、3年でそれをものすごく感じますね。雪上ではライバルとして彼女たちの滑りをみて学ぶこともあるけど、ひとたび雪上から降りれば、じゃれあえるかわいい妹たちのような存在です。
負けていられないなという彼女たち世代からのプッシュもあれば、クロエのように追いつきたい存在もあり、バランスよく自分自身を鼓舞できています。
──最後に、本連載企画「CUTE GIRLS」が掲げている“New Cute”について、遥奈さんはどのように考えていますか?
いろいろな解釈の仕方があると思うけど、私にとっては「CUTE=COOL」ですね。2019年のUS OPENの前にお尻の骨を折る大ケガをして、皮も剥けてしまい血も出ていて歩けないほどだったのに、スノーボードを履いたら痛みを感じることなくパフォーマンスができたんです。
それは、スノーボードに対して恐怖心というものがなくなっていて、楽しめていたからなのかなって。2018年の平昌五輪まではどちらかというとプレッシャーだらけで楽しいスノーボードから離れていたので、それから解放された最近は心が自由。昔から負けず嫌いなので、もちろん技を失敗すると悔しいし、決めるまでやり続けたいけど、以前とは違うスノーボードの楽しみ方ができているなと感じています。
自分が楽しめていれば、きっと強くなれる。ケガをしても、失敗しても、笑顔で乗り越えられる。今はそんなマインドでスノーボードと向き合っています。
text: Yumi Kurosawa
photos: ROXY