BACKSIDE (バックサイド)

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COLUMN

90年代を滑ったスノーボーダーの胸が高鳴る。地形遊びマスター・デッドラングが振り返る歴代BURTONボード

2026.08.30

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BACKSIDEではこれまで、ゲレンデ地形を遊び尽くす『LUNGIE LAND』などを通して、デッドラングことマーク・エドランドを幾度となく紹介してきた。2018年には、2003~2007年に撮影された映像を振り返りながら、現代に通じるストリートスノーボーディングの系譜として彼の滑りを取り上げている。そのデッドラングが、自身が乗り継いできたスノーボードを前にして、過ぎ去った時代を語った。

BURTON(バートン)のアーキビスト、TKことトッド・コールマンがスノーボードコレクターを訪ねる映像シリーズ『Trippin’ with TK』。第3弾は、米ユタ州ソルトレイクシティにあるデッドラングの拠点を訪問。彼がかつてBURTONのリージョナルライダーを務め、その後TECHNINE(テックナイン)へと移った経歴とともに、BURTONやTECHNINE、WINTERSTICK(ウィンタースティック)などの膨大なコレクションが紹介されている。

初期BURTONやWINTERSTICKなど歴史的価値の高いボードが次々と登場するが、BACKSIDE読者にとってもっとも胸が高鳴るのは、8分32秒あたりからではないだろうか。ここからデッドラングは、自身のスノーボード遍歴と重なるBURTONボードを年代順に振り返っていく。

1990年のFREE 5を皮切りに、1996年のBALANCE、そして2000年のCUSTOMへ。なかでも1995年のBRUSHYについては、「圧倒的にオールタイム・フェイバリット」と語る。グラフィック、乗り味を含めたすべてが気に入っていたうえ、そのデザインをキッカケにグラフィティにも夢中になったという。

ボードを一枚ずつ手に取りながら、それぞれにまつわる記憶や、当時の自分について振り返っていく。90年代に滑っていたスノーボーダーなら、モデル名を聞くだけで当時の記憶が蘇る人も少なくないはずだ。

現在のように、毎シーズン大量の情報がSNSへ流れ込んでくる時代ではなかった。雑誌を開き、ビデオを繰り返し観て、ショップに並ぶボードを眺めながら、憧れのライダーや次にほしい一本を頭に焼きつけていた。95年のカタログについては「たぶん学校の教科書より見ていた」と笑うデッドラング自身も、子供の頃に「TRANSWORLD SNOWboarding」や「SNOWBOARDER」のページを切り抜いていた思い出を映像の中で振り返っている。

だからこそ、このボード遍歴は単なるヴィンテージコレクションの紹介ではない。一枚のボードを見ることで、その当時に滑っていた場所や仲間、映像、雑誌、憧れていたライダーまで思い出す。スノーボーダーにとってボードとは、道具であると同時に、その時代の記憶そのものでもある。

映像後半には、さらに強烈な一枚も登場する。テリエ・ハーカンセンが2001年に東京ドームで開催された「X-TRAIL JAM」で使用し、テールを折ったというボードだ。フォトグラファーのブロットからデッドラングへ渡ったもので、トップシートにはテリエからブロットへの手書きのメッセージも残されている。

そして映像の終盤では、コレクションに対する考え方も語られる。かつては何でもほしかったというデッドラングだが、今ではすべてのボードやカタログを揃える必要はないと話す。大切なのは、自分にとってもっとも意味のあるもの。その言葉を聞くと、壁一面に並ぶ古いスノーボードの見え方も少し変わってくる。

それは単なる「古いモノ」の集合ではなく、ひとりのスノーボーダーが生きてきた時間であり、同時にスノーボードカルチャーが歩んできた時間でもある。90年代を知る人には懐かしく、知らない世代には新鮮に映るはずだ。

まずは8分32秒あたりからでもいい。デッドラングが一枚ずつ手に取るBURTONボードから、自分自身のスノーボーディングの記憶を辿ってみてほしい。

動画は英語のみだが、YouTubeの自動翻訳字幕を使えば日本語で内容を追うこともできる。翻訳は完璧ではないものの、ぜひ活用してほしい。

text: Daisuke Nogami(Editor in Chief)

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