BACKSIDE (バックサイド)

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COLUMN

日本人スノーボーダーは、なぜここまで強いのか? 日本スノーボード最強進化論

2026.02.22

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國母和宏、角野友基、平野歩夢、村瀬心椛。
日本スノーボードの進化を象徴する4人の系譜を辿る。

「日本人スノーボーダーは、なぜここまで強いのか?」
 
ミラノ・コルティナ五輪の期間中、僕はこの問いを何度も投げかけられた。スノーボードに精通していないニュース番組の現場では、決して珍しい疑問ではない。僕はその都度、できるかぎり懇切丁寧に説明してきた。
 
ビッグエアについては周知の事実だろう。神戸KINGSに端を発した、雪を必要としない人工ジャンプ練習施設の存在だ。
 
もちろん、これらの施設は当初から競技強化やエキスパート育成のみを目的として誕生したわけではない。その背景や思想は十分に理解しているつもりだが、結果として、この環境が日本のビッグエアシーンの進化を決定的に後押ししたことは間違いない。
 
雪上よりも安全性が高く、傾斜のついたエアバッグに向かって繰り返し飛び、空中姿勢からランディングまでの一連の動きを幼少期から身体に刻むことができた。この積み重ねが、世界トップレベルのスピンマスターたちを育てたのである。
 
しかしこの文脈は、ハーフパイプやスロープスタイルにはそのまま当てはまらない。
 
ハーフパイプの転換点は明確だ。2003年、「BURTON US OPEN」で当時14歳だった國母和宏が2位に入った瞬間である。
 
日本人が世界最高峰の舞台で通用する。その事実を、彼は若干14歳で証明してみせた。その後もバックカントリーというフィールドで存在感を示し続け、日本のスノーボードシーンに計り知れない影響を与えてきた。
 
にもかかわらず、マスメディアが広く記憶したのはバンクーバー五輪での“腰パン騒動”だった。彼が放った美しいマックツイスト・チキンウィングではない。この乖離には、今も昔も複雑な思いが残る。
 
それでも揺るがない事実がある。カズが日本のスノーボードシーンを牽引し、平野歩夢という才能を世界へ導いたということだ。
 
歩夢はカズと同じく14歳で「X GAMES」2位。その姿は、当時のキッズ世代だった戸塚優斗や平野流佳らの憧れとなった。
 
歩夢はしばしば“天才”と形容される。だが実像は、誰よりも努力を重ね続けてきたライダーである。
 
今年1月、「LAAX OPEN」の現場でハーフパイプコーチの村上大輔と交わした会話が忘れられない。
 
「歩夢がいるから、日本チームは世界で一番練習量が多い。だから強いんです」
 
その言葉には、誇りと確信がにじんでいた。
 
スロープスタイルとビッグエアの進化にも、確かな系譜がある。
 
2014年ソチ五輪。正式採用されたスロープスタイルで角野友基がファイナリストに名を連ねた。メダルには届かなかったが、その姿は日本中の子供たちの目標となった。
 
当時、人工ジャンプ施設で飛び続けていたキッズたち。彼らこそが、ミラノ・コルティナ五輪で躍動した世代である。
 
村瀬心椛の歩みも象徴的だ。13歳で「X GAMES」ノルウェー大会優勝。世界中から追われる立場に置かれ、結果を出せない時期もあった。しかし、もがきながらも数々のコンテストを制してきた。
 
そして近年。種目は異なるが、カズや工藤洸平とともにバックカントリーで撮影を重ねてきた経験が大きい。競技のトレーニングだけでは得られない雪面感覚やスピードコントロール、空間認知やリカバリー能力。その蓄積があったからこそ、オリンピックでの衝撃的なスロープスタイル世界最高峰のライディングが生まれた。メダルの色こそ結果として異なったが、その滑りの価値は揺るがない。
 
日本のスノーボードシーンは、欧米と比較すれば後発だった。だが現在、コンテストのみならず、バックカントリーやストリート、映像表現──あらゆる領域で世界の最前線に立っている。
 
これは業界関係者やリアルスノーボーダーにとっては周知の事実だ。だからこそ、この現実を、オリンピックを観てスノーボードに興味を抱いたひとりでも多くの人へ届けたい。
 
スノーボードは単なる競技ではない。文化であり、表現であり、生き方そのものだ。フリースタイルスノーボーディングの本質は、日本社会が慣れ親しんできた規範とはどこか異なる。それゆえにこそ、新たな価値感として輝きを放つ。

text + photos: Daisuke Nogami(Chief Editor)

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