BACKSIDE (バックサイド)

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COLUMN

命がけのトリプルコークを全否定されても逆転で金。平野歩夢が北京の舞台で夢実現

2022.02.12

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オリンピックを頂点としたFIS(国際スキー連盟)主催のワールドカップを含め、これまで表現力以上にトリックの難易度が重んじられてきたように感じている。対する、一般的にはプロ大会や賞金レースと称されるX GAMESやBURTON US OPENでは、トリックの難易度に加えて独創性あふれるルーティンが評価される傾向が強い。
 
平野歩夢が15歳で銀メダルを獲得したソチ五輪を振り返ってみると、ルーティンの完成度が高い歩夢の美しい滑りに対して当時の最高難度トリック、CABダブルコーク1440を決めたイウーリ・ポドラチコフ(スイス)に軍配が上がった。ほとんどのライダーが6ヒット飛んでいるところを、5ヒット目に繰り出したその大技の着地後に転倒するリスクを回避してか、壁が余っていたのに飛ばなかったにもかかわらず、である。
 
そして、「金(メダル)しかない」と公言して挑んだ平昌五輪では、2大会連続銀メダルで悔しさを噛み締めた歩夢。このとき金メダルを獲得したショーン・ホワイト(アメリカ)は、オリンピック前までの大会ではファーストヒットでおなじみのバックサイドエアで高さとスタイルをアピールしていたのだが、平昌の舞台ではすべてスピントリックというルーティンに変更。ショーンのダブルマックツイストと歩夢のBSダブルコーク1260という回転軸に若干の違いはあれど、どちらも横に3回転半回しながら頭を下に2回入れて縦軸を生み出すトリックという点では同じ。それ以外は、FSダブルコーク1440、CABダブルコーク1440、FSダブルコーク1260と5ヒット中4種は同じトリックだった。
 
これらのつなぎ方が違ったのだが、歩夢はファーストヒットに真骨頂であるバックサイドエアを放ち高さとスタイルをアピールした後に、高難度トリックを4連続とした。対するショーンは、連続ダブルコーク1440とダブルマックツイストからFSダブルコーク1260のコンボの間にFS540を挟むルーティン。エアの高さに大差はないため、ファーストヒットの表現力と高難度トリックを4連続とした歩夢よりも、スタンダードエアを捨てて低回転ながらもスピントリックを含めたショーンの滑りを評価したということになる。加えて、CABダブルコーク1440のグラブはボードをつかめておらず、エッジ付近に触れていた、いわゆるブーツグラブだったわけだ。
 
そうした流れを受け、歩夢とショーンが東京五輪に向けてスケートボードに専念していたため不在だった間に、平昌五輪で銅メダルを獲得した際にスコッティ・ジェームス(オーストラリア)が唯一決めていた、スイッチBSダブルコーク1260の習得を目指すライダーが増えた。戸塚優斗や平野流佳はスイッチBS1080をルーティンに組み込むようになり、スコッティを含めた3人で表彰台を争った。フロントサイド、バックサイド、キャブ、スイッチバックサイドと4方向の高難度トリックをルーティンに入れ込むことで、多様性をジャッジにアピールするような傾向になったということだ。しかし、得手不得手はあれど4方向のスピンでもっとも難しいとされるスイッチバックサイドを入れることで、やはりエアの高さは平均的に落ちてしまうことにつながりやすい。
 
スケートボードにまたがりながらもハーフパイプシーンを見つめてきた歩夢は、「あえてスイッチバックの流行りには乗らずに勝負したい」と終始一貫していた。やはりハーフパイプの醍醐味であり歩夢の真骨頂はエアの高さだ。そこを捨ててまで勝負はしたくないのだろう。だからこそ、ハーフパイプ史上初のトリプルコーク1440の開発に、他ライダーよりも圧倒的に時間がないなか取り組んできたのだ。
 
2012年春にショーン・ホワイトが挑むも、大ケガを負って断念。以降、中国人ライダーが練習中に初成功を収めるも、遠心力を抑えるために着地することが精一杯の状態で、とても次のヒットにつなげられる技の完成度ではなかった。
 
そして2021年秋、北京五輪に向けてトリプルコークの練習に明け暮れていた優斗と流佳は成功した動画をSNSに投稿。優斗のそれはフロントサイド、流佳のそれはキャブと回転方向の異なる両トリプルコークに世界中がどよめいた。
 
そうした中、歩夢が口火を切った。2021年12月に行われたDEW TOURで初成功。史上初のトリプルコーク1440はフロントサイドスピンで放たれた。続くLAAX OPENでは失敗したものの、北京五輪開幕直前のX GAMESでは、これまでの大会はもちろん、練習も含めてもっとも完璧なトリプルコークを成功させたのだ。プライベートパイプでトレーニングを積んできたスコッティは未知数だったが、優斗と流佳はその精度を高めるためにX GAMESをキャンセルしてスイス・ラークスに残り、ハイエアが生み出せるコンディションのいいハーフパイプで練習に明け暮れた。
 
そして迎えた北京五輪。これまでは先述した歩夢の3回と、転倒してしまったものの流佳がLAAX OPENで2回トライした、計5回しか実戦で繰り出されていない。予選ではトリプルコークが飛び出すことはなかった。「なにかひとつ間違っただけでも命を落としかねない」と歩夢に言わしめるほどの危険性を伴ったトリックなのだから、容易に繰り出せるものではない。
 
予選を1位通過した歩夢は最終滑走となる。優斗、流佳、スコッティともにベストランとはならなかったが、歩夢は1本目のファーストヒットにトリプルコークを放ち成功。4ヒット目のBSダブルコーク1260の着地に嫌われたが、これを見ていて、やはり相手は選手ではなく“自分”なのだと感じた。己が信じた道、前人未到のトリプルコークを成功させたうえで、すべてハイエアかつ高難度で美しいルーティンを滑り切ることだけを考えていたのだろう。
 
決勝2本目、まずはスコッティがベストランを魅せる。スイッチBS1260からCABダブルコーク1440につなぎ、FS900を挟んでひと呼吸置き、BSダブルコーク1260からFSダブルコーク1440につないだ。それを目前で見た歩夢は、FSトリプルコーク1440からCABダブルコーク1440につなぎ、FSダブルコーク1260、BSダブルコーク1260、FSダブルコーク1440まで間髪入れずに連続とし、スコッティを圧倒したかに見えた。結果は周知のとおり91.75と0.75ポイント及ばなかった。
 
結果、3本目に2本目のランを上回る完璧な滑りを歩夢は披露するわけだが、それを鑑みても、FSトリプルコーク1440の着地がスローで見なければわからない程度回転が足りず、そこでエッジがずれたことで生じた摩擦抵抗によりほんのわずか減速。よって、3本目のランに比べると2本目はアベレージとしてエアの高さが欠けていたということになるが、2本目のランも他ライダーと比較して十二分な高さを誇っていたことは間違いない。
 
ハーフパイプは限られた半円状のコースを滑る競技だ。アプローチで生み出したスピードをパンピングにより維持しながら、リップ・トゥ・リップを繰り返して減速させないことがカギを握る。そうした前提がある中で高難度なスピントリックを操らなければならないわけだから、踏み切りや着地の動きが非常に重要だ。踏み切りを誤ればボトム落ちして減速を招きかねず、着地後すぐにパンピングの動作に移らないと次のヒットでエアの高さを生み出せないからである。
 
4歳からスケートボードとスノーボードに乗っている歩夢は、スケートボードのバーチカルで鍛え上げられた踏み切りの間合いが非常に優れている。なぜかと言えば、スケートボードの場合はウィールがあるため、わずか20cm足らずのキック部分を後ろ足で蹴ってオーリーを仕掛け、コーピング(ハーフパイプのリップ部にあたる箇所)から飛び上がらなければならない。スノーボードに置き換えて考えると、ソールはフラットのためどの部分でもテイクオフできるわけだが、テールのぎりぎりまでをリップに残した状態で踏み切ったほうが、高さが生み出せることは想像に難くないはずだ。こうした技術がもともとスノーボードに活かされていたのだが、国際大会レベルで競技者として3年間スケートボードに専念した結果、自身の想像以上にスノーボードへの技術的なフィードバックがあったのだ。
 
さらに抜けの動作が研ぎ澄まされたことで、今まで以上のハイエアを生み出し、加えて、スケートボードであらゆるトランジションを滑り込んできたことで、ボード上でのボディバランスがスノーボードだけでは体得できない次元に達した。予選2本目のランがそれを証明しているが、他ライダーであれば転倒してもおかしくない状況でそれがなかったどころか、減速を最小限に抑えて次のヒットでBSダブルコーク1260を完璧に成功させるに至った。
 
だからこそ歩夢は、高難度トリックを連続して決めることができるわけだ。FSトリプルコーク1440を含めてそれを5連続とした滑りよりも、2回転半の900を中盤に挟むことで全体の難易度は落ちるが多様性を重視したジャッジに対して、長野五輪ハーフパイプに出場し、ウェットキャットと呼ばれた彼の代名詞的トリックを開発するなどスノーボード界のレジェンド、トッド・リチャーズが声を荒げたのだろう。
 
「素晴らしいランがどんなものか私は知っている。このランのどこを減点できるのか説明してくれ。信じられない。正直言って、これは茶番だよ」
 
筆者は専門家であるから当然だが、スノーボードを含めた横乗り文化に精通していない日本国民の多くもそう感じたことだろう。また、先に行われた北京五輪スロープスタイルで金メダルを獲得したマックス・パロット(カナダ)のベストランでは、CABトリプルコーク1620でインディグラブをつかみにいくも、ボードに届かずノーグラブだった。
 
表現力を重んじるライディングスタイルを評価するほうが、本来の横乗り文化に通じている。しかし、スポーツとして高難度なトリックを高評価する傾向が強いため、ライダーたちは大ケガを覚悟したうえで競技に挑んでいるわけだ。であるからこそ、正確に採点すべきであることは言うまでもない。
 
こうした外野の雑音をよそに、自らの集大成が全否定されたうえで後がないラストランで、そのすべてを完璧に塗り替えて滑ることができた強靭すぎる精神力。歩夢は真のハーフパイプ王者であるとともに、その計り知れない人間力をも世界中に示す結果となった。
 
男子ハーフパイプ結果
1位 平野歩夢(日本)
2位 スコッティ・ジェームス(オーストラリア)
3位 ヤン・シェラー(スイス)
4位 ショーン・ホワイト(アメリカ)
5位 テイラー・ゴールド(アメリカ)
6位 ヴァレンティノ・ギュゼリ(オーストラリア)
7位 チェイス・ジョージー(アメリカ)
8位 アンドレ・ヘフリッヒ(ドイツ)
9位 平野海祝(日本)
10位 戸塚優斗(日本)
11位 パトリック・バーグナー(スイス)
12位 平野流佳(日本)

text: Daisuke Nogami(Chief Editor) photo: FIS SNOWBOARDING

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