
COLUMN
平野歩夢の「夢への歩み」を追った一冊。イントロ全文を公開
2018.03.09
2018年2月6日に発刊した弊誌5号目「WALK TO THE DREAM ──夢への歩み──」のイントロダクションで綴った全文を公開。こうした狭間に立たされ葛藤に苦しみながらオリンピックに挑み、見事2大会連続で銀メダルを獲得したわけだ。
INTRODUCTION
はじめに
4年に一度のウィンタースポーツの祭典がいよいよ始まる。2018年2月9日、韓国・平昌にて開幕する第23回オリンピック冬季競技大会。フリースタイル競技としては、1998年の長野五輪から正式種目として採用されたハーフパイプを筆頭に、2014年のソチ五輪からスロープスタイルが、そして平昌五輪からビッグエアが正式種目として追加され、今では冬季オリンピックを代表するスポーツのひとつとしてスノーボードは世界中から大きな注目を集めている。
我が日本では、4年前のソチ五輪において日本スノーボード史上初のメダリストがふたり揃って誕生したことで、日本中にクールな中学生と高校生の存在が知れ渡っていった。言わずもがなだが、銀メダリストの平野歩夢と銅メダリストの平岡卓である。それと同時に、競技としてのスノーボードが市民権を得るに至ったわけだ。
その確固たる証として、TBSでは2014年からX GAMESアスペン大会を毎年放送し、テレビ東京では2年に一度行われるFIS(国際スキー連盟)世界選手権を2015年と2017年に放映した。地上波でスノーボード競技が放送される時代に突入したのだから、前述したことが誇大表現ではないことを理解いただけるだろう。
しかし、スノーボードにおける競技はあくまでもほんの一部にすぎない。1970年代に産声をあげたスノーボードは、80年代まではコンテストが中心だったのだが、当時の世界王者だった故クレイグ・ケリーはいきなり大会から身を引き、バックカントリーへ足を踏み入れた。フォトグラファーやフィルマーらと行動をともにするようになり、雑誌の表紙やテレビコマーシャルに登場。スノーボーダーの表現力を映像や写真に収めて世に発信するという新たなる価値をシーンに提唱したのだ。
こうしたアイデンティティは今日まで受け継がれており、競技性よりも表現力を重んじる文化価値が定着。スノーボードは他スポーツとは一線を画する格好で、90年代に入ると急成長を遂げていくことになる。それに伴って、ライダーたちは“自由”を獲得したのだ。
反するように、オリンピック競技はスノーボードの歴史や文化に相容れない形で誕生し、その歪みはいまだ解消されていない。詳しくは後述するが、スノーボードがオリンピック正式種目として採用される際、IOC(国際オリンピック委員会)は当時スノーボード競技を統轄していたISF(国際スノーボード連盟。現在は解散)ではなく、FISにスノーボード競技を託したことに端を発している。
こうしてスキーのいち種目として開催されることに中指を立てた、当時のハーフパイプ世界王者として君臨していたテリエ・ハーカンセンが長野五輪をボイコットした話は有名だ。
しかし、月日を重ねるごとにオリンピックはライダーたちにとって目標であり“夢”に変わった。テリエと同じくノルウェーに出自を持つ、現在ではバックカントリーの世界で活躍中のミッケル・バングは、ソチ五輪出場は叶わなかったもののその舞台を目指したひとりだ。
「以前まではオリンピックは目指さないスタンスだったけど、あるときに“目指してもいいんじゃないか”という考えに変わったんだ。ライダーとして高みを目指すチャンスでもあるし、自分が望む決断を下すためにも役立つはずだから」
オリンピック前にこうしたコメントを彼は残していた。ミッケルが8歳のときに長野五輪が開催されていたので、記憶にもあるだろう。自国の先輩スノーボーダーでありスーパースターはいまだオリンピックに賛同していないにもかかわらず、である。現在のコンペティターたちは、その当時の話をリアルタイムでは知らない若年層が多いわけだから、なおさらだ。いまだ歪みはあれど、オリンピックは世界最高峰の大会として世界中のスノーボーダーが憧れる舞台と化したのだ。
各国でそのメダルが意味する価値に違いはあるが、名誉のため、業界のため、将来のため、家族のため……あらゆる想いが渦巻く中で、フリースタイルスノーボーディングは急激な進化を遂げている。技術志向が強まり、勝つためのトリックを修得するには雪上だけでは不可能になった。
フランスのエクストリーム・スノーボーダーとして知られるザビエル・デ・ラ・ルーは、オリンピック競技であるスノーボードをこう揶揄していた。
「フリースタイルは本当にテクニカルになった。ものすごく細かいディテールにまで注意を払って、ひとつのランを完成させるために1シーズンを費やしてるようなもの。そのために同じジャンプを何ヶ月も飛んでるわけでしょ」
今号の主人公である19歳の歩夢は、長野五輪が開催された1998年に生まれた。トリノ五輪で金メダルを獲得したショーン・ホワイトに憧れを抱き、幼き頃からトレーニングに明け暮れる日々。そこに前述したような自由はなく、むしろ“制約”のほうが強かったと言える。
だからこそ、ソチ五輪でメダルを手繰り寄せることができたのかもしれないが、その代償はスノーボーダーとして大きかった。さらに、スキーヤーとの狭間にあるいびつな状態に身を置きながら、命を落とすかもしれないリスクと戦いながら滑り続ける意義とは。
それは、幼い頃に抱いた夢だからという単純な話ではない。銀メダルを獲った人間にしか見えない、新たな夢に書き換えられたことで芽生えた決死の想いがあるからだ。
「自由を求める順番が違うだけ」と言い切る歩夢の生き方には、19歳とは思えない壮大な覚悟を感じることができる。あらゆるものを背負い込んだ彼の目には、いったい何が映っているのか。前例のない、日本人スノーボーダーとしての“夢への歩み”を追うことにした。
BACKSIDE SNOWBOARDING MAGAZINE
編集長 野上大介

ISSUE 5 WALK TO THE DREAM ──夢への歩み── A4サイズ / フルカラー / 日本語・英語 / 140ページ
※ISSUE 4「STYLE IS EVERYTHING」とISSUE 6「ART OF PHOTOGRAPHY」の3号セットでのオンライン限定販売になります(ISSUE 6のタイトルは仮題です)
※ISSUE 1~3も引き続き発売中です
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