
COLUMN
働くべきか、滑るべきか。
2017.05.17
1年ほど前の話になるが、一般の若手スノーボーダーたちが抱いている悩みの相談を受ける機会があった。前職を通じて接点があったことや、SNSが普及したことでコンタクトが容易になった背景が理由でもあるが、それ以上に、彼らが抱える悩みを解決しなければならない使命感のようなものを感じていたから。
相談してきたスノーボーダーとは、群馬からやって来た22歳を迎えるふたり組と、滋賀からやって来た24歳のショップライダー。その悩みとは、このまま働きながらスノーボードを続けていくことに疑問を感じ、ライダーの道を目指すという夢に向かって進みたいのだが……というものだ。僕自身も大学卒業のタイミングで同じ壁にぶつかったので、彼らを見過ごすことができなかった。
大学1年時の18歳でスノーボードを始めた僕は、1年目こそ通いで20日間くらいの滑走日数だったが、2年目以降は1シーズン分の活動費をバイトで稼ぎ、シーズン中は働かずして滑走時間を十分とれるようにコモっていた。さらに言えば、コモった先がよかった。フリースタイルの聖地とされていた北志賀エリアに2シーズン、大学4年になると国内で初めてパイプドラゴンを導入した豪雪地帯に位置するARAI(韓国企業の買収により2017年に再オープン予定)。どちらも当時のトップライダーたちが集結しており、日本スノーボード界のレベルを肌で感じることができる環境だった。
遊びではあったものの、滑りに関しては真剣に取り組んでいた。だからこそ、就職という現実を突きつけられるも、年々広がり続けていく可能性を捨てることができなかった。学生時代の先輩には「好きなものを仕事にすることで、イヤな部分も見えてくるだろう。大切なものなんだから、趣味としてとっておくという選択肢もある」と教授してくれたものの、トライしてみないと理解できるはずがないと自分を鼓舞したように記憶している。その時点でプロになれるわけでもなく、いわゆるフリーターになると宣言しているのだから、もちろん両親は大反対。生涯もっとも熱中できたスノーボードだけに必死の説得を繰り返し、なんとか理解してもらうことができた。あのとき両親が許してくれていなかったら、今の自分は存在しない。大変感謝している。
別の機会で具体的に綴らせていただければと思うが、結果から言ってしまうと、プロになることは不可能な人間だった。なぜなら、常に社会との距離感を計りながら上達しようと目論んでいた、中途半端なライダーだったから。某スキーブランドからスノーボードがローンチすると聞けば門をたたき、ライダー兼スタッフのような形でお世話になり、その後も国産ブランドの契約ライダーとして活動させてもらいながらも、駆け出しの編集者として某出版社で働いていた。上手くなりたい気持ちにウソはなかったが、プロとしてやっていく100パーセントの自信と覚悟は持ち合わせていなかったのだ。
曖昧な気持ちだったのだろう。上手くはなりたいものの、強い気持ちでプロになりたいと思っていなかった。むしろ、スノーボード業界で食っていきたいという想いのほうが強かった気がする。プロ・アマオープンのハーフパイプ種目でファイナルに残れる程度のスキルは身につけたが、北海道の大会に出場すれば、当時小中学生だった國母和宏や中井孝治らには勝てなかった(偶然見つけた大会結果はこちら)。この時点で、確か25歳くらい。実力は大したことのないライダーだったが、いちジャーナリストとしても重要なライディングスキルを培うことができ、メーカーの仕事や立場を経験し、スノーボードを通じて編集者という道を歩み出すことができた。結果論だが、スノーボードでメシを食っていくためのキャリアを積むことができていたのだ。
些末な経歴だが、彼ら若手スノーボーダーにも同じような話を伝えさせてもらった。彼らのライディングスキルを正確に把握しているわけではないので判断は難しいが、双方に同じ質問を投げかけた。将来、スノーボード業界に携わって生きていきたいか?と。答えはともにイエスだった。だからこそ、思いきり背中を押した。
近年、若者がスノーボード業界の門をたたくケースは減ってきている。人口減少や受け皿の問題もあるが、このままではオッサンが牛耳るシーンになってしまう。そこに危機感を覚えていただけに、こうした若手スノーボーダーたちに出会えて明るい光が差し込んできたように感じている。
タイトルに「働くべきか、滑るべきか」と綴ったが、「働くために滑る」という選択肢もあるはず。このような受け皿を用意できるよう、シーンを活性化させていきたい。そう思うのだ。
photo: Dom Daher/Red Bull Content Pool
※弊誌編集長・野上大介がRedBull.comで執筆しているコラム「SNOWBOARDING IS MY LIFE Vol.80」(2016年5月26日公開)を加筆修正した内容です
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