COLUMN
世界一の表現者・國母和宏が抱えていた苦悩
2017.01.06
昨年12月9日、アメリカの大手メディア・TRANSWORLD SNOWBOARDING主催による、プロスノーボーダーたちの労と成果を讃える授賞式「RIDRES POLL 18」が行われた。そこで、MEN’S VIDEO PART OF THE YEAR(年間ベストビデオパート)部門にノミネートされていた國母和宏が、ボード・メリルやスコット・スティーブンスらを抑え、見事受賞したのだ。この授賞式は、映画界でいえばアカデミー賞、音楽界でいえばグラミー賞に例えられる。世界のスノーボード界においてもっとも栄誉ある授賞式の全部門を通じて、日本人スノーボーダーとして初となる快挙となった。
受賞作品は、UNION BINDING COMPANYよりリリースされた『STRONGER.』のオープニングを飾ったフルパートである。アメリカ・アラスカ州ヘインズやカナダ・BC州ゴールデンのバックカントリーで撮影された4分あまりのビデオパートには、クリフからの巨大メソッドや、手つかずのナチュラルヒットで繰り出される多彩なスピントリック、さらには超絶スティープなビッグマウンテンライディングまで、まさしく受賞に値するフッテージの数々だ。
さらに言えば、プロスノーボーダーとしては競技での成績以上に表現力が重んじられることから、この賞の獲得は、X GAMESの金メダルよりも価値のあるものである。
こうして綴ると、國母のスノーボード人生はさぞ順風満帆かのように思われるかもしれない。しかし、彼はこのステージに上り詰めるまで、並々ならぬ努力を重ね、死に物狂いで命をかけてスノーボーディングに取り組んできた。それは、欧米文化が基準となるスノーボード界において、日本人スノーボーダーがこの地位にたどり着くためには、少なくとも倍以上の実績を残さなければ許されることはなかったはずだから。
こうした彼のスノーボード人生については、弊誌創刊号「KAZU KOKUBO ー國母和宏という生き様ー」に余すことなく収録しているのだが、ここでは、そのほんの一部を抜粋してお届けしたい。こちらをご一読いただくだけでも、國母が成し遂げた偉業にさらなる価値を見出だせるはずだ。
2015年秋、自らが旗を振って日本スノーボード界に革命を起こすべく立ち上げたSTONPにひとつの区切りをつけ、今回受賞した映像作品の撮影に挑む前の心境がこうだった。
「自分のなかでは、まだまだトップとは言えないんだと思います。そもそもオレは常に世界のトップライダーたちに中指を立て続けてきた自負がある。それこそ15歳の頃から、自分ならトップのヤツらと対等に渡り合えると思ってたし、そのためには自分の滑りを絶えず形に残していかなきゃダメだって肝に銘じてきたから。これまでにいろんな後悔も重ねてきました。あらゆる段階で、“なんだよ、まだオレってこんなかよ?”って自分に対して憤りを感じながら、自分をなかなか認めてくれないシーンに対してもフラストレーションを感じてきました。それに、オレはジャンルに関係なく、そのすべてに対してライバル視してますから。キッカーでジャンプをやってるライダーにはジャンプで負けたくないし、パイプをやってるヤツにも負けたくない。パウダーでのジャンプだって、ビッグマウンテンでラインを刻むことだって負けたくない。それら全部がスノーボードだと思ってるし、自分からジャンルなんて作りたくもない。そんな気持ちがあるからこそ、今までも満足できなかった。だから、ずっと滑り続けてきたんだと思ってます」
こうした気持ちを胸に、昨シーズンはUNION BINDING COMPANYのチームムービー一本に絞って撮影に臨んだ。ひとつの作品だけに集中できるシーズンは、國母にとって初めてだった。
「100%の力をひとつの映像作品に注げるのはUNIONチームムービーが初だったから、これまでやってきたことを越えたかったし、ネクストレベルへ自分を持っていくつもりで、かなり気合いを入れてやってたんですよね。だから、それなりにヤバいスポットを攻めてたんだけど、2月頭にケガしちゃって……。1ヶ月以上滑れない期間があって、最終的には自分が納得できる映像が残せなかった。そのショックがデカすぎて、“あれっ?”って感じでしたね。自分は今までずっとレベルアップし続けてきてたんだけど、いつもより気合いを入れてるシーズンだったにも関わらず、例年と同じくらいのレベルで終わっちゃって。身体もボロボロになって、気持ちも疲れてて、“もうこれ以上は上に行けないのか?”って不安に……いや、自信がなくなってました」
高すぎる意識レベルは、時として自信を喪失させ、自身を見失ってしまうのかもしれない。だが、世界一の表現者であることをついに認めさせた。國母と同じく、世界中のバックカントリーやストリートで格闘している100人超のプロスノーボーダーからの投票による選考だからこそ、この賞には価値がある。そこにしがらみや偏見はない。真の世界一たる証なのだ。
※弊誌編集長・野上大介がRedBull.comで執筆しているコラム「SNOWBOARDING IS MY LIFE Vol.103」(2016年12月16日公開)を加筆修正した内容です