BACKSIDE (バックサイド)

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FEATURE

恐怖心に打ち克ち、7.72mという前人未到の高さで宙を舞った平野海祝。あの瞬間、何を残したかったのか【BEHIND THE MOMENT】

2026.10.14

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2026年3月19日、スイス・ラークス。平野海祝がハーフパイプのリップから7.72mという前人未到の高さへ飛び出した。その巨大なバックサイドエアはギネス世界記録に認定され、10月1日には公式認定証が授与されることに。
 
しかし、この数字だけで、あの瞬間の価値を語ることはできない。そこには、時代とともに変わりゆくハーフパイプの歴史と、海祝が信じ続けてきたスノーボーディングがあった。

ボトムから約15m。海祝が放った、規格外の空中遊泳

ショーン・ホワイトが主宰するハーフパイプ・プロリーグ「THE SNOW LEAGUE」シーズン1の最終戦。スタート地点に立つ海祝の両腕をアメリカチームのコーチふたりが引っ張り、ひとりが腰を押している。自身のハイエストエア世界記録を塗り替えるため、助走のスピードを上げるのだ。
 
ドロップインした海祝は、ファーストヒットでバックサイドエアを放った。リップから7.72m。ボトムからは推定15m近く。およそ5階建ての建物に相当する高さまで舞い上がり、空中でメソッドを決める。
 

 
着地では強烈な衝撃に耐えるようにヒールエッジでバランスをキープし、そこからトウエッジへ切り替えて次のヒットへ向かった。しかし、決して余裕のある着地には見えず、スピードも大きく失われてしまう。
 
それほどまでに、あの一発は規格外だった。
 
そして、7.72mという数字以上に、このエアには語るべき背景がある。


エアの高さこそが、ハーフパイプの美学

かつて、ハーフパイプのファーストヒットには、ひとつの美学があった。高く飛び、己を表現する。メソッド・トゥイークに代表されるバックサイドエアは、その象徴だ。
 
1990年代のハーフパイプは、現在とはまったく異なるものだった。壁は低く、斜度も緩い。トランジションやバーチカルの仕上がりにもばらつきがあり、滞空時間は限られていた。トップライダーでも900程度の回転数が最高峰。高く飛ぶこと自体に高度な技術が求められていたのである。
 
ファーストヒットでどれだけ高く、カッコよく飛べるか。そこには、回転数だけでは測れない普遍的な価値があった。
 
2002年のソルトレイクシティ五輪ではハーフパイプの改良が進み、ダブルヘッドオーバーのエアが見られるようになった。2006年のトリノ、2010年のバンクーバーでオリンピック連覇を果たしたショーン・ホワイトも、バックサイドエアの高さを大切にしてきたライダーのひとりだ。
 
しかし、勝つことで人生さえ変わるオリンピックという大舞台は、競技の進化を加速させていく。パイプランの美しさやカッコよさはもちろん大切だが、勝つためには、より難しいトリックを決めなければならない。
 
2018年、平昌五輪。海祝の兄・平野歩夢は、ファーストヒットで高さのあるバックサイドエアを披露したうえで、続く4ヒットでフロントサイド・ダブルコーク1440、キャブ・ダブルコーク1440、フロントサイド・ダブルコーク1260、バックサイド・ダブルコーク1260を連続で成功させた。
 
この高難度トリックを4連続で行う際、「息継ぎができない」と歩夢は語っていた。当時の最高難度を誇るルーティンだ。
 
いっぽう、金メダルを獲得したショーンは、ファーストヒットからフロントサイド・ダブルコーク1440を繰り出している。オリンピック直前までバックサイドエアからルーティンを始めていたショーンも、歩夢との技術的な競争のなかで構成を変えていた。
 

 
歩夢は、スピン技術を世界最高峰へと押し上げながら、なおも自分がカッコいいと思うバックサイドエアを貫いていた。僕は当時のBACKSIDE SNOWBOARDING MAGAZINEで、歩夢がファーストヒットでスピンをしないのは、あえて回していないのだと書いた。
 
高さと美しさで己を表現し、その後に超高難度のスピンをつなげることで勝つ。それが歩夢の目指したパイプランだった。
 
しかし、平昌から北京までの4年間で競技はさらに高難度化する。スコッティ・ジェームスや戸塚優斗らが技術を磨き、スイッチ・バックサイドスピンなどの高難度トリックが、世界の頂点を争うための重要な武器になっていった。
 
そして2022年、北京五輪。東京五輪でスケートボードにも挑戦した歩夢は、わずか半年という短い準備期間でフロントサイド・トリプルコーク1440を完成させ、決勝ではファーストヒットから繰り出して金メダルを手繰り寄せた。
 
 
かつてバックサイドエアを貫いてきた歩夢自身が、今度はファーストヒットから世界最高難度のスピンを操る。ハーフパイプ競技が、新たな時代へ踏み出した瞬間だった。


「イケると思います」、世界記録更新への再挑戦

その北京五輪で、もうひとつの歴史が生まれていた。海祝が、ハーフパイプで7.41mの巨大なエアを放ったのだ。当時のハーフパイプにおけるハイエストエア世界記録。兄が超高難度スピンで金メダルを獲得した同じ舞台で、弟はエアの高さというトラディショナルなアプローチで世界を驚嘆させた。
 
ただし、兄弟のスノーボーディングが対立していたわけではない。歩夢もまた、長年にわたって高さとスタイルを追い求めてきた。そして海祝も、オリンピックを目指す過程ではスピンを繰り出して戦ってきた。
 
そのうえで海祝は、自分が憧れてきたハーフパイプのスタイルを大切にし続けていた。競技で勝つためのルーティンから、ストレートエアを入れる余地が失われても、高く、美しく、カッコよく飛ぶことの価値が消えたわけではない。
 
海祝の挑戦は、そこで終わらなかった。
 
2026年2月27日、アメリカ・コロラド州アスペン。THE SNOW LEAGUE第3戦で、海祝のエアは7.68mをマーク。北京五輪で自身が打ち立てた世界記録を更新したのだ。
 

 
それから、わずか20日後──次なる舞台は、スイス・ラークスだった。あの日、スタート地点にいた海祝のマネージャー、篠崎公亮氏に話を聞いた。
 
篠崎氏によれば、ラークスで記録更新を狙うという具体的な話をしていたわけではない。ただ、ラークスのパイプはアスペンよりも大きい。気象条件が整い、普段どおりの滑りができれば、理論上は更新できるのではないか。そんな会話を交わしていたという。
 
「イケると思います」
 
そのとき、海祝はこう答えたそうだ。
 
そして迎えた3月19日。篠崎氏は、海祝の様子についてこう語る。
 
「普段と違う会話や、特段気合いを入れるような所作はなかったですね。逆に、冷静に落ち着いてスタートすることに集中していた印象です」
 
アメリカチームのコーチたちも助走をサポートした。そして海祝は、夜空へ向かって天高く、7.72mの世界へ飛び出した。


生きて帰ってきた証が、ギネス世界記録に

半年あまりが経過した10月1日、海祝にギネス世界記録の公式認定証が授与された。
 
海祝は自身のInstagramで、記録に至るまでの思いを率直に綴っている。そこにあったのは、達成感だけではなかった。
 
世界記録への挑戦が注目されるほど、スノーボード界に歴史を残さなければならないという思いが強くなったこと。スノーボード界を変えたいという気持ちが、プレッシャーや恐怖との葛藤を生み、眠れない夜や、晴れていても憂鬱な朝があったこと。
 
その重圧は、記録や映像からは見えてこない。
 
BACKSIDE EDITIONS「MOMENTS」の撮影時、海祝は7.72mのエアについて「これまでで一番怖かった」と話していた。いっぽう、篠崎氏には、スタート地点の海祝が冷静に見えたという。
 
恐怖や重圧を知りながら、それでも自分の挑戦に向かう。海祝はInstagramで、こんな言葉を残している。
 
「自分の挑戦に勝って生きて帰ってこれてよかった」
 
7.72mとは、世界でもっとも高く飛んだという数字だけではない。その高さに挑んだ本人が、何を背負っていたのか。それを知ることで、あの一撃の見え方は大きく変わってくる。
 
海祝は同じ投稿で、かつてのハーフパイプではランの1発目にスタイルのある高いエアを入れることが当たり前だったと振り返っている。それが自分の見てきた、憧れてきたスノーボーディングだったのだと。
 
競技の進化によって、勝つためのルーティンは変わった。しかし、自分がカッコいいと思うものまで変える必要はない。
 
海祝は、その信念を巨大エアという形で追求し、ギネス世界記録という新たな価値を生み出した。
 
その瞬間を捉えたのが、フォトグラファーのブロットだった。天高く舞い上がった海祝のメソッド・トゥイークを、BACKSIDE EDITIONS「MOMENTS」VOL.0としてTシャツに刻んだ。
 

The Snow League / Blotto

 
海祝も、自身が最初の一枚に選ばれたことを喜び、Instagramで紹介してくれた。その投稿には、こんな願いが綴られていた。
 
「いろいろな人にお守りのように着てほしい。そして、パワーと一緒に届いてほしいです」
 
なぜ、海祝はこのTシャツを「お守り」と表現したのか。その答えは、あの7.72mに至るまでの物語のなかにあるのだと思う。
 
ハーフパイプが進化しても、スノーボーディングの価値は回転数やメダルの色だけでは決まらない。高く飛ぶこと。スタイルを貫くこと。自分が信じるスノーボーディングに挑み続けること。
 
海祝が残した7.72mは、そうした価値が今も失われていないことを、世界に示した。
 
だからこそ、あの瞬間を残したかった。
 
10年後、20年後──。
 
この一枚を見たとき、僕たちは2026年のあの瞬間を、そして海祝が貫いたスノーボーディングを思い出すのだろう。


BACKSIDE EDITIONS「MOMENTS」VOL.0

BACKSIDE EDITIONS「MOMENTS」VOL.0

▷サイズ: S~XXL

▷カラー: WHITE / FULL COLOR、BLACK / MONOCHROME

▷ボディ: United Athle 5001-01

▷素材: コットン100%

▷プリント: インクジェット

▷プリントサイズ: W275 × H360mm

▷価格: 7,700円

平野海祝が2026年3月19日に記録した、スノーボード・ハーフパイプにおけるハイエストエア世界記録。その瞬間をブロットが捉えた写真を使用した、BACKSIDE EDITIONS「MOMENTS」最初のフォトTシャツ。

text: Daisuke Nogami(Editor in Chief)

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