BACKSIDE (バックサイド)

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https://backside.jp/airmix_2025/
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FEATURE

6年ぶりの「AIR MIX」でスーパースター爆誕。工藤洸平の演出と國母和宏の判断が生んだドラマ『極楽劇場』の中身とは

2025.04.07

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いまだかつてない劇場型コンテスト

かつて、こんな劇場型の大会を観たことがない。本記事では『極楽劇場』と銘打たせていただく。
 
さる3月7~9日、福島・ネコママウンテンで衝撃的な感動を多くのスノーボーダーたちが共有することになった。2003年にスタートした日本が世界に誇る巨大エアバトル「AIR MIX」が6年ぶりに、福島・ネコママウンテンで開催。今大会から工藤洸平がプロデューサー兼ディレクターに就任し、これまでAIR MIXの真骨頂だった“ブッ飛び”要素を残しつつ、新たな舞台が用意された。
 
法面を活かしてトランジションジャンプも可能なキッカーから始まり、レギュラーの巨大バックサイドヒップへと続き、最後にリッピングもエアも可能なボウルの3セクションを造成、大会名には「STYLE BATTLES」というワードが追加されることに。ど迫力の巨大エアはもちろん、より、ライダーたちが個性(スタイル)を発揮できるコースで決戦の火蓋が切られた。
 

ファーストジャンプのキッカーで魅せる宮澤悠太朗

 

神宮司海人の特大フロントサイド・アーリーウープ

 

山本コンラッドはヒップでスタイリッシュなメソッドを放ってからボウルでもご覧のとおり

 
ワイルドカードとして片山來夢や大久保勇利といった日本を代表する錚々たるライダーたちが名を連ね、スーパーファイナルに勝ち上がってきた久保田空也や宮澤悠太朗らムービーで活躍する表現者に加え、15歳の競技者である嶋崎珀と村上広乃輔など総勢15名の国内トップライダーたちがスーパーファイナルに集結。
 

巨大メソッドエアでオーディエンスを沸かせた片山來夢

 

大久保勇利は超絶スタイリッシュなエアを連発していた

 
そんな国内トップライダーたちを抑えて頂点に立ったのは、もうひとりのワイルドカードのライダー……いや、ライダーではないと自ら言い切る男だった。「ライダーだとは思っていません。完全にフィルマーです」──そう、職業・カメラマン、パーティーで酒を浴びるように飲み、オフスノーではある意味ライダーたちよりも目立ってきた“極楽坊主”こと大村優生が、先述した感動を生み出したのだ。
 
 

コンテストの根幹をブチ壊した國母和宏の判断

AIR MIXのスーパーファイナルと言えば、当初からトーナメント方式で行われてきた。先攻のライダーが素晴らしいランを決めれば後攻にはプレッシャーがかかり、先攻がミスすれば後攻は心理的にかなりラクになる。ノックダウンの醍醐味であるため想像に難くないと思うが、そうした概念を今大会でヘッドジャッジを務めた國母和宏がブチ壊した。「後攻のライダーは滑りがしょぼかったから先攻の勝ち」といった趣旨の説明がなされたのだが、後攻のライダーは転倒しなかったにもかかわらず、先攻で攻めたうえで転倒してしまったライダーが勝つという対戦があったからだ。
 

カズの神がかったジャッジングが『極楽劇場』を生み出した

 
残されたライダーたちは全員が全開で攻めるしかない。そうした空気に包まれた中、スーパーファイナルの準決勝に進出した極楽坊主は、ここまでふたりの現役ライダーを撃破してきた「極楽フリップ(フロントフリップ・ジャパン)」でヒップの全越えを狙ってきたのだが、わずかに届かず。ランディングぎりぎりのところに着地するも、勢い余ってボードがドライブしてしまった。いわゆるコンテストでは致命的なミスだ。
 
その滑りを見た後攻の大坪脩三郎は、守りに入ることなくヒップで特大のBS540インディを放ち、ボウルでもスタイリッシュなFS540をクリーンに決めた。脩三郎はライディング直後のインタビューで、圧倒的に極楽坊主のほうが盛り上がっていたから仕方ない、といった趣旨のコメントを残したのだが、このコメントに彼の男気を強く感じた。転倒はしなかったもののミスを犯した、あわや全越えかと思わせる超特大の極楽フリップを放った坊主が勝利するというジャッジングが下されたからだ。
 

滑りはもちろん、大会に臨む姿勢も男気にあふれていた大坪脩三郎

 
これが極楽劇場を生み出すとは、まだこの時点では誰も想像できていなかった。しかし、カズに聞いたわけではないが、彼は極楽坊主が“ヤラかす”ことを確信していたのかもしれない。どっちが決勝でヤバい滑りを魅せられるのか、という判断。その空気を完全に読んでいたかのように、「期待されているので頑張ります」と極楽坊主はマイクを通じて会場に言葉を残し、スーパーファイナル決勝に臨むため、スノーモービルでスタート地点へ上がっていった。
 
 

極楽坊主って何者なんだ?

「ただ自分の滑りに集中していたから、前の人が何をやったとかはあまりわかりませんでした。上手い人の滑りはスゲェってなるけど、観ている人たちが面白いと思ってくれて、信じられないような感じになるのは、僕の滑りしかないのかなって。それだけをやることに集中して、頂点を狙っていました」
 

さすがに大会前は脱いでいなかったが、ライディング中はこれが極楽坊主の正装

 
もともとはライダーとして活動してい極楽坊主だが、相澤亮の専属フィルマーとしてシーンに頭角を現し、今シーズンは片山來夢を中心としたムービープロジェクト『SKETCHY SUNCA』のカメラマンとして活動中。その出演ライダーである來夢や悠太朗、大塚健を撃破するつもりで極楽坊主はAIR MIXに参戦した。
 

キッカーでもヒップでもボウルでも観衆を魅了した來夢がベストトリック賞に輝いた

 
スーパーファイナル前夜、極楽坊主はパーティーボーイ(酒乱?)のはずなのに無口だったと、大会プロデューサーを務める洸平が会場で教えてくれた。その点について坊主に話を聞くと。
 
「脱げるんだったら脱ぎたくて、最終的にはパンイチになりたかったんですが、最初からパンイチでいくのはダメだから、どうしようかなって考えていました(笑)。でも、昨シーズンにトリプルやったとき(新潟・苗場で行われたセッションイベント「SESSION」でフィルマーだった極楽坊主は最後に特大のトリプル・フロントフリップを放ち、それが世界中のメディアに拡散された)の前日、出場するライダーたちはみんな緊張していて、出る側はこんな感じなんだと実感しました。僕も緊張していましたね」
 

『極楽劇場』という名作を生んだ名プロデューサーの洸平

 
自らライダーではなくフィルマーだと語るものの、出るからには頂点を狙うと豪語する極楽坊主。彼をワイルドカードに選んだとき、一定数の反論があったと洸平が口にしていた。
 
「宿で洸平さんと秀さん(佐藤秀平)に話を聞いたかぎりでは、イベントにはパフォーマンス的な要素が必要だから僕が選ばれて、スーパーインビ(テーション)として招待してくれたと言っていました。なにかやってくれるだろうって期待されているのもわかりましたし、僕も目立ちたかったから(笑)」
 
「ワイルドカードに選ばれたので、ワイルドにいきたかったんです。ワイルドっていうのはガツガツっていうことではなくて、自分の中にある動物的本能を普段の行動を通して信じるようにしていて、必要なタイミングでそれを出せるかどうかっていうこと。でも、ワイルドなことを日常生活で出しすぎるのはよくないんですよね。たとえば川があって、そこにスッポンポンで入ることは許されないじゃないですか。でも、スノーボードは自然と触れあって楽しめるアクティブなスポーツなので、雪山の中でワイルドになることが唯一許されている。だから全力でいけるんです」
 
彼がパーティーで弾けまくっているシーンをSNSなどを通じて見たことがあるという人には、なんとなく理解できる話なのかもしれない。パーティー中も野性的な本能は出ているようだが、「理性が働かないので自分をコントロールできず、日々反省しています」と語る極楽坊主。そのワイルドさをAIR MIXで出すために、ワイルドカードという大役を引き受けた。
 
「狙っているというよりも、感じるんです。大自然の偉大さに惹かれるように、勝手に心拍数が上がる」
 
ライダー、フィルマーという以前に、極楽坊主は常に生命や自然を感じながら、その名のとおり優しく生きている男だ。そして、あらゆる刺激を受けて、あらゆる衝動に駆られて、己の魂にため込んで創造性や情熱をワイルドに解き放つ。そのために、スーパーファイナル決勝の舞台に立った。
 
 

ネコママウンテンに“虹”をかけた極楽フリップ

極楽坊主とともに決勝に勝ち残ったのは、準決勝で來夢を破った新星、西塚然生。ハーフパイプを主戦場としてきた19歳の然生が先攻で、対戦相手に敬意を払ってなのか(?)上半身裸で出走。キッカーで特大のBS720を放つと、ヒップでは縦軸の強いFSロデオ540なのかバックフリップ180という妙技を披露し、スイッチスタンスでボウルに入るとリップトリックをクリーンにメイク。極楽坊主に大きなプレッシャーをかける。
 

おそらく生まれた初めて上半身裸で滑った然生は素晴らしいライディングを披露

 
しかし、出走前に一時中断。そう、時が来たのだ。パンイチになる舞台は整った。
 
「プレッシャーよりも“決めたい”っていう気持ちでした。3位決定戦で脩三郎がケガしちゃったじゃないですか。(出走前に)全チョッカリでいくって言ってて(全越えに)届かなかったので、100%じゃ不安だから120%出しても大丈夫、可能なかぎり突っ込んでも大丈夫だろうって」
 
と、言っていることはカッコよく聞こえるが、スタート台では両足のブーツを脱ぎ、パンツを脱ぎ捨て、ブーツを締め直してスタンバっている間に考えているわけだ(笑)。凡人の筆者であれば、準決勝でミスをしたのに残してもらい、この瞬間に関係者やオーディエンスを待たせているだけでもさらなるプレッシャーが重くのしかかりそうなものだが。
 
「下の声はほとんど聞こえてなくて。スターターの人も自分のペースでいいと言ってくれたので、僕も自分のペースで脱いでました」
 
そして、キッカーで特大のフロントフリップをメローに繰り出すと、もちろんノーチェックでヒップに突っ込んでいく極楽坊主。「虹のイメージなんです」とは後日談だが、曇天だったネコママウンテンの特大ヒップの上空だけ七色に光り輝いた。彼が放った極楽フリップは大きな弧を描きながら巨大ヒップのテーブルトップ部分を全越えし、ビタ着。ボウルになんて入る気もなかっただろうし、入れるわけがない。トップ・トゥ・ボトムでフルチョッカリして全越えしたスピードそのままに、ガッツポーズしながらフィニッシュエリアにヒールエッジと背中でブレーキをかけて止まると、そこには多くのライダーたちが待ち受けており、その誰よりもまっ先にカズがジャッジ席があったボウル上部から飛び下りて極楽坊主のもとに駆け寄っていった。
 

パンツの空気抵抗がなくなったからか(?)奇跡の全越えで極楽フリップをパーフェクトストンプ

 
「最後は本能的な部分を信じることしかできませんでした。あの台(ヒップ)で全越えできていなかったから、未知の恐怖が襲いかかってくるんですけど、その恐怖を感じつつ、自分を信じつつ、いきました。やりたい、決めたい、パンイチにもなれて、すべての条件がそろった感じでした(笑)」
 
スーパースター爆誕。繰り返しになるが、フィルマーを生業とする男だった。
 

洸平が極楽坊主の左手を高々と振り上げた瞬間、表彰式会場は大歓声に包まれた

 
「X GAMES」やオリンピックを頂点としたコンテストでは、転倒してしまったらもちろん、少しのミスでも勝つことは叶わない。そのうえで、ハーフパイプではトリプルコークが求められ、ビッグエアでは2340(6回転半)が現実となった。
 
複雑な高回転スピンではなく、全越えというハイリスクな状況で繰り出した縦1回転のフロントフリップ。加えて、クールな着こなしでオシャレなウエアを身にまとってではなく、パンイチで。カッコよさよりもユニークさ。技術力よりも精神力。天高く宙を舞い、真っ逆さまの状態でジャパングラブすることで生き様を表現したフロントフリップ=極楽フリップは、ネコママウンテンに集まった多くのスノーボーダーたちの心に、きっと一生涯焼きつくほどのインパクトをもって解き放たれた。そして、スノーボードは元来“自由”な遊びであることを、滑りでワイルドに語ってくれたのだった。
 
「AIR MIXってもっと競技っぽいイメージがあったんですけど、今回はすごくFUNな雰囲気で、大会中でも合間に入って(飛んで)よかったし、そこで魅せて盛り上がってというセッション感がものすごくよかったですね。ライダーたちを破ったという気持ちはありません。相手を見て、その相手が何を決めたからオレもやらなきゃっていう感じは一切なく、相手が誰であろうとやることは決まっていたから。それをやって、おお、できた!っていうのを繰り返していただけです。自分を貫き続けて、己に勝ったら必然的に勝てるって。でも、來夢くんはかなり悔しがってましたけどね(笑)」

text: Daisuke Nogami(Chief Editor)
photos: YUI

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