BACKSIDE (バックサイド)

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FEATURE

芸術的パークがニセコに刻んだ“フリースタイル革命”のはじまり。「SWATCH NINES」アジア初上陸の真実

2026.04.30

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あの、彫刻のように繊細で美しく、かつ巨大な芸術的パークが、本当に春のニセコで実現できるのか──これまで、PCやスマートフォン越しに見てきた「SWATCH NINES」が、ついにアジア初上陸。この事実は、日本のスノーボードシーンに少なからず波紋を広げた。
 
4月6日、SWATCH NINES開幕。イベントの全容はこの時点でまだつかめていなかったが、初日となる6日に多くの関係者が現地入りするとのことだった。筆者がニセコへの移動を開始すると、平野海祝や荻原大翔のInstagramには、すでに特設パークの巨大アイテムが映し出されていた。事前に3Dデザインや造成風景の画像はチェックしていたが、彼らのストーリーズを通じて、このプロジェクトが日本で動き出したことを実感する。
 

初日は雲海が広がる絶景だった。大翔のジブでSWATCH NINESが幕を開ける
Hiroto Ogiwara photo: Isami Kiyooka

 
舞台はJAPOWの聖地・北海道を代表するスノーリゾート、ニセコ東急 グラン・ヒラフ。2025年10月に開催された、芸術的パークのアイデアを出し合う「CREATOR’S CAMP」に参加していた筆者にとって、NINESクルーの思想は理解していたつもりだったが、到着した瞬間、想像を上回るスケールが広がっていた。ライダーたちの拠点となる高級コンドミニアムホテル「綾ニセコ」を全館貸し切り。世界のトップライダーたちがひとつの屋根の下に集う1週間が始まった。
 

快適な滞在により、ライダーたちのパフォーマンスが引き上げられる
photo: Ethan Stone

 
新千歳空港で合流したプロスケートボーダー・藤井雪凛から、本来設置されるはずだったスケートパークが、戦争の影響による資材調達の難しさから断念されたという話を耳にした。スノーボードとスケートボードの融合は、次回2028年開催へと持ち越されることになった。

「安全圏を抜け出す」──アジア初開催に踏み切ったNINES代表の哲学

CREATOR’S CAMPの時点から、関係者の間では期待と不安が入り混じっていた。アルプスとはまったく異なる環境のニセコで、あの芸術的な造形美を維持できるのか。世界基準のイベントを日本へ誘致することの重みを誰よりも理解していたのは、発起人であるTHE NINES AGのCEO、ニコ・ザチェックだった。
 
なぜ、これほどまでに難易度の高い日本開催が実現したのか。ニコは次のように語る。

 

ウェルカムパーティーで「SWATCH NINES 2026」の開幕を告げるニコ
Nico Zacek photo: Jonas Gasser

 

「18年間慣れ親しんだ欧州のセーフティネットを離れるのは、チームにとっても大きな挑戦だった。しかも、日本の春雪は独特でスピードを出すのは難しいだろうと、多くの人に言われていたから、なおさらだよ。2025年4月、実際にニセコを訪れて雪質を確認したんだ。それでやると決めた。私たちは常に『自分たちの可能性を試したい』。日本の比類なき雪質、そして独自の文化を探求し、欧米以外のシーンを刺激したかった。自分たちの『安全圏』を捨ててまでここに来た価値は、これから始まるライダーたちのセッションが証明してくれるはずだ」
 
綾ニセコには、CREATOR’S CAMPにも参加していた海祝、大塚健、湧嶋弓流(ニュージーランド)、そして平野歩夢、荻原大翔、長谷川帝勝、山田琉聖、宮村結斗、村瀬心椛、鬼塚雅、清水さら、工藤璃星ら、日本を代表するライダーたちが揃っていた。本イベントの主役のひとりとして期待を背負う海祝は、巨大な造形物を初めて目にした瞬間の感覚について、こう振り返る。
 
「設計には携わったけど、現場で見たらデカすぎて。実際に見たら、画面で見るよりも2倍くらい怖かったですね。驚きのほうが勝っているような感じでした」

 

いかにアイテムが巨大か、引きで見たほうがわかりやすいかもしれない
photo: Jannis Oing

 
6日にほとんどのライダーが到着していた。翌7日が事実上のシューティング初日となる予定だったが、悪天候が予想されたためキャンセルに。そのため、ラフティングに出かけたメンバーも多くいた。しかし、歩夢、海祝、健らは前夜のウェルカムパーティーで深夜まで飲んでいたにもかかわらず、びしょ濡れになりながらビール片手にライディングを楽しんでいた。

 

鏡開きから始まったウェルカムパーティーは深夜まで続いた
photo: Isami Kiyooka

 

ボトムは雨だったが、ゲレンデ上部は雪。そして、片手にはキンキンに冷えたビール(笑)
Kaishu Hirano, Takuya, Takeru Otsuka and Ayumu Hirano photo: Jonas Gasser

 

海祝は両足のバインディングをテール側につけて全開にセットバックした状態で滑り、健は転倒しても笑顔が絶えない。多忙を極めるトップライダーたちにとって、束の間の休息だったのだろう。ほかの招待ライダーは誰も上がっていない雪山で、誰よりもスノーボーディングを楽しんでいた。

 

両足のバインディングを極限までセットバックして巧みにボードを操る海祝
Kaishu Hirano photo: Jonas Gasser

 

健のこの笑顔がすべてを物語っている
Takeru Otsuka photo: Jonas Gasser

 


3日目──14時間に及ぶ「異例のセッション」

3日目。悪天候で流れた前日を経て、この日が事実上のセッション初日。これまでのSWATCH NINESの中でも象徴的な一日となった。早朝4時半にACE GONDOLAに乗り込み、強風が吹き荒れる中、セッションがスタート。

 

急遽早朝運転となったACE GONDOLA。臨機応変に対応してくれたグラン・ヒラフのスタッフに感謝
photo: Ethan Stone

 

午前中は風の影響でスピード調整が難しく、ライダーたちはアイシーな巨大セクションを前に繊細なコントロールを求められていた。そうした状況下で、「NINESのコンセプトは、ライダーたちにプレッシャーをかけないこと。コンテストとは対極の存在であること」とニコが語るとおりの空気が生まれていく。ライダーたちは自由にドロップインを繰り返し、トリックが決まるたびに歓声が上がる。自然とセッションが形づくられていったのだ。強風だったことも功を奏してか、羊蹄山はその全貌をあらわにしていた。

 

トランスファーでバックサイド・アーリーウープを魅せる健
Takeru Otsuka photo: Jonas Gasser

 

足首を負傷している状態で臨んだ琉聖。決めるときは決める男
Ryusei Yamada photo: Jonas Gasser

 

上部のセクションでは、Yung Doliことルーカス・ボームがスタイル全開で盛り上げる
Lucas Baume photo: Jonas Gasser

 

午後になると、アイシーだった雪面も緩みはじめた。すると、比較的風の影響を受けづらかったクォーターパイプにて、海祝は自身のオリジナルトリックである「マックツイスト・メソッド」を放ち、パーク内は拍手喝采に包まれた。

 

この直前に激しい転倒があったが、すぐにアジャストさせるスキルと根性
Kaishu Hirano photo: Jonas Gasser

 

「あの巨大なクォーターでマックツイストは最初『無理じゃね?』って思いながらトライしたんですよ。でも、3本くらいでパーンって決められた。あの一本が、今回一番気持ちよかったですね」
 
海祝とともにセッションしていたのは兄の歩夢。複数箇所骨折という重傷を負った状態で出場したミラノ・コルティナ五輪で、世界中に大きな感動を与えたことは記憶に新しい。もちろん、まだ完治していない。当初は本イベントに対して距離を感じていたそうだが、この長時間のセッションを通じて、この場の意味を見出していく。

 

軽やかにリップトリックを披露する生粋のスケートボーダーでもある歩夢
Ayumu Hirano photo: Remi Fukamachi

 

「正直、最初は自分の居場所かって言われたら、そういうイメージをあまり持っていませんでした。でもニセコ開催だし、今回も招待していただいて、海祝からも『来てよ』って誘われて。競技から一歩離れて、ラフに友達とゆっくり交流しながら、でも真剣に滑る。こういう時間は、今の自分にとって必要だったんだと思います」
 
クォーターパイプでのセッションが盛り上がる中、強風のためメインキッカーにトライできるライダーは限られていた。その中で、大翔は孤軍奮闘。バックサイド・トリプルコーク1440を決めたのだ。

 

強風が吹き荒れる中、誰よりも大きな放物線を描きながら空中遊泳を楽しんでいた
Hiroto Ogiwara photo: Jonas Gasser

 

「今回で4回目のNINESでしたけど、日本でもここまでできるってことを世界に証明できました。でも、オレはもっと先が見たいんです。次は『人間がやるようなアイテムじゃない』レベルの、度肝を抜くジャンプを日本に造りたいですね」
 
2022年のNINESでは、世界初となるバックサイド・クイントコーク2160を成功させた大翔は、いわば“ミスターNINES”。2年後、羊蹄山を背に世界最高回転数のスピンが生まれるのかもしれない。
 
選りすぐりのメンズライダーたちでさえ苦戦を強いられる中、強風と湿雪は軽量な女性ライダーにとって、より厳しい条件となっていた。

 

多くのガールズライダーたちが苦しめられていたビッグキッカーを、雅は制する
Miyabi Onitsuka photo: Remi Fukamachi

 

強風だったからこその創造力。カナダのブルック・ドントと弓流によるコンビネーション
Brooke D’Hondt and Cool Wakushima photo: Isami Kiyooka

 

さら&璃星の16歳コンビはコンディションに悩まされながらも、イベントを楽しんでいた
Sara Shimizu photo: Jonas Gasser / Rise Kudo photo: Isami Kiyooka

 

それでも、このイベントで得られるものもあったという心椛。彼女はNINESならではの好環境を、次のように受け止めている。
 
「オリンピックも含めて、いつもはX GAMESやワールドカップなど本気になりすぎちゃってる感じでしたけど、NINESは自分のペースでリラックスしながら滑れました。競技とは全然違っていて、すごく賑やかなイベントでやりやすかった。悪天候で滑れない時間もあったけど、スケートボードの人たちと交流できたのは大きな収穫でしたね」

 

東京五輪の女子パークで初代金メダリストに輝いた四十住さくらとのセッションを楽しんだ心椛
Sakura Yosozumi and Cocomo Murase photo: Isami Kiyooka

 

強風は収まらなかったが、上部のセクションでは白熱したナイトセッションが19時まで続けられた。ニコの合図とともに、ライダーやスタッフたちから大きな拍手が巻き起こり、超ロングセッションは幕を下ろした。

 

フロントフリップで上部のトランポリンに着地し、ダブル・フロントフリップ・アウトを魅せるなど、レーン・ウィーバーの妙技が光っていた
Lane Weaver photo: Ethan Stone

 


4、5日目──造成チームの執念と嵐の中の「スタイル」

4日目。予報どおりコンディションはさらに悪化し、山頂のエース第4ペアリフトは円を描くように強風に煽られていた。しかし、この状況を支えていたのはライダーだけではない。ニコは、NINESの造成クルーの働きについてこう語る。

 

雪、雨、強風、融雪など、これまでパークを造成してきた氷河帯では経験することがあまりない多くの困難を乗り越えた
HelvePark crew photo: Jonas Gasser

 

「今回、ニセコに来て信じられないほどの雨に降られた。欧州の4月ではありえないよ。NINESが雨にやられたのは初めてだった。でも、造成クルーは不眠不休で、文字どおりコースを『救い出して』くれた。彼らの努力がなければ、セッションを続けることは不可能だった。HelveParkクルーは真のプロフェッショナルだ」
 
それに応えたのは日本の若きライダーたちだった。強風、湿雪の中、その状況に見合ったラインを創造する。まさしく、スノーボーダーたちの真価が問われる状況で、彼らは爪痕を残していく。

 

上部のジブセクション、クォーターパイプ、そしてこのビッグキッカーを含めて、すべてを遊び尽くしていた山田悠翔
Yuto Yamada photo: Jonas Gasser

 

悠翔とトレインでエアを楽しんでいた小笠原成南
Senan Ogasawara photo: Isami Kiyooka

 

その中で、海祝はラインを組み立てていった。
 
「あれだけデカいセクションをキレイに一本で流すのは難しいけど、上から下までジブもジャンプも全部やり切りました」

 

海祝のベストラインは、彼のInstagramからぜひチェックしてほしい
Kaishu Hirano photo: Jonas Gasser

 

5日目、セッション最終日。明日のパブリックデーは、さらに天候が荒れる予報だった。嵐の前の静けさか。風はこれまでで一番弱い。ロメイン・アレマンドやオイヴィンド・カークフスらとともに、帝勝が存在感を示していた。

 

コンテストとは異なり、肩の力を抜いてセッションを楽しんでいた帝勝
Taiga Hasegawa photo: Jonas Gasser

 

スピンマスターのひとり、オイヴィンド・カークフスが放つメソッド・トゥイークの意味は大きい
Øyvind Kirkhus photo: Jonas Gasser

 

午前中で多くのライダーが下山する中、午後は雨。思いのほか、板は走る状態。健はパークがクローズするまで、メインキッカーを飛び続けていた。

 

日本人ライダーたちと群れることなく、コンディションを見極め、自らのペースでシューティングに臨んでいた健
Takeru Otsuka photo: Isami Kiyooka

 

「とにかくデカいセクションがいっぱいあるイベントだと感じていましたが、ワークショップから参加させてもらって、実際にパークを見たときは楽しそうだなって思いました。ジャンプは実際に飛んでみるとめちゃくちゃデカいわけではなく、安全設計。風と湿雪に苦しめられましたが、セッションの最終日が一番よかったですね」
 
セッションを終えたライダーたちが向かったのは、ACE GONDOLA降り場に隣接する「NEST813」。そこで開催された「GRAND HIRAFU NIGHT」は、ニセコ東急 グラン・ヒラフによるホスピタリティを象徴するものだった。標高813mの雪山に太鼓の音が響き渡り、度肝を抜くマグロの解体ショーが披露された。

 

ライダーやスタッフ、メディアなど多くの関係者が一堂に会して行われた「GRAND HIRAFU NIGHT」
photo: Isami Kiyooka

 

外国人はもちろん、日本人も圧倒されたニセコ東急 グラン・ヒラフによるおもてなし
photos: Isami Kiyooka

 

太鼓の余韻と、あの夜の光景。ニコが「安全圏を飛び出した決断」の正しさを、この夜ほど確信した瞬間はなかったのだろう。


ALPEN NODEで「有終の美」──海祝、世界を制したMVP

ニコがこの1週間で強く印象に残ったと語るのは、日本の若きライダーたちが魅せたスタイルだった。

 

工藤洸平率いるNOMADIKクルーも本イベントにインビテーションされていた
Kohei Kudo and Nomadik crew photos: Isami Kiyooka

 

「日本のシーンは本当にクールだ。ボードの捌き方はもちろん、ウエアの着こなしまで、すべてが素晴らしい。ボルケーノで見たスタイリッシュなフロントサイド360には鳥肌が立ったよ。ビブスも着ていない彼らが、何がスノーボードにとって重要かを理解している。これこそが、スノーボーダーのあるべき姿なんだ」

 

昼は陸斗がニコをうならせる
Rikuto Watanabe photo: Jonas Gasser

 

夜は結斗がニコの心を揺さぶった
Yuto Miyamura photo: Ethan Stone

 

その勇姿をお披露目するはずだった「パブリックデー」は、悪天候によりキャンセル。ニコは悔しさを滲ませていた。しかし、抽選で選ばれた地元の児童生徒たちとライダーがセッションする「RIDE WITH PRO」は開催。大翔、帝勝、結斗、雅、弓流らが中心となり、暴風の中、参加者たちに夢と希望を与えている姿が印象的だった。

 

できる男はメダルも忘れない
Taiga Hasegawa photo: Isami Kiyooka

 

セッション後の集合写真は一生の思い出
photo: Isami Kiyooka

 

最終夜、舞台は「ALPEN NODE」へと移る。かつてのホテルニセコアルペンが生まれ変わった空間で行われた「GALA NIGHT」だ。

 

濃密すぎた1週間を締めくくるにふさわしい舞台
photo: Jonas Gasser

 

場内の熱はとうに限界を超えていた。ライダーたちの投票により決定されたスノーボード部門のMVPとして名前を呼ばれたのは、海祝だった。ニコは、このMVPについて次のように振り返る。

 

すでに右足のスニーカーを履いていないということは……?
Nico Zacek and Kaishu Hirano photo: Jonas Gasser

 

「今回のNINESは、史上初めてスノーボーダーが主導権を握るイベントになった。これまではスキーが51%、スノーボードが49%くらいの感覚だったが、今回は60%がスノーボードだった印象。多くの日本人スノーボーダーを受け入れたけど、それは正解だった。その中心にいたのは、間違いなく海祝だ。彼のライディングは、スノーボードの本質を体現している。『楽しさ』と『愛』だよ。最後までパーティーに参加し、そのまま朝の撮影に行く。彼は、日本と世界をつなぐキーパーソンなのさ」

 

海祝は会場にいたすべての関係者に感謝の想いを伝えた
Kaishu Hirano photo: Jonas Gasser

 

海祝とともにMVPに選ばれたレーンと弓流
Cool Wakushima, Lane Weaver and Kaishu Hirano photo: Jonas Gasser

 

強風と雨という難しいコンディションの中で行われたSWATCH NINES。造成クルーによる執念の仕事、イベントを支えたインフラ、そしてすべてのライダーたちが刻んだライン。そのすべてが重なり、この芸術的パークを舞台としたシューティングは成立していた。
 
「2028年に向けたビジョンは明確だ。風の影響も理解したし、次は大規模なスケートパークを用意して、トップスケートボーダーたちも呼びたい。一般の人たちが滑れる春のパークも造りたい。初めての場所での開催は難しいもの。今回、本当に多くのことを学んだ。2028年の開催が待ちきれないよ」
 
その答えは、2028年まで待たなくていい。競技と表現、その両方を内包した場が、このニセコにすでに生まれていたからだ。

text: Daisuke Nogami(Chief Editor)
top photo: Jannis Oing

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