BACKSIDE (バックサイド)

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FEATURE

ジェイク・バートンの言葉で辿る、スノーボードカルチャーの本質──「From Burton to the World」にまたがり、五輪へ向かう真意

2026.02.03

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オリンピックイヤーとなる今シーズン、ミラノ・コルティナ五輪を見据えた世界各地のコンテスト会場で、ひときわ目を引くスノーボードがある。鮮やかなカラーリングに、大きく刻まれた言葉。その足元を支えているのは、Burton(バートン)が展開する新プロジェクト「From Burton to the World」のボードたちだ。
 
実際に取材で訪れたスイス・ラークスの「LAAX OPEN」でも、その存在感は際立っていた。会場周辺には、平野海祝や荻原大翔のポートレートとともに「From Burton to the World」のグラフィックを配したバナーが掲出され、コンテストの舞台では、女子ハーフパイプで優勝を果たした韓国のチェ・カオンをはじめ、多くのトップライダーたちがこのボードにまたがっていた。
 
それは単なるシーズンプロモーションではない。1989年から2010年にかけて、Burtonのカタログに刻まれてきた創設者ジェイク・バートン・カーペンターの言葉が、いま再び、最前線のコンテストシーンで“滑り”として息づいているという事実だ。

過去の名言が、懐古として飾られるのではなく、現在進行形のライディングの中で機能している。その光景を、ラークスの現場で確かに目にした。
 
スノーボードを産業へと押し上げながらも、最後まで文化として信じ続けたジェイク。その言葉は、どんな時代背景の中で生まれ、なぜ今もライダーたちの足元に刻まれているのか。本記事では、「From Burton to the World」というプロジェクトを手がかりに、ジェイクが遺した言葉の真意を年代ごとに紐解いていく。

1989
HERE AT BURTON WE TAKE OUR FUN SERIOUSLY
本気で遊ぶ。それが、Burtonの流儀だ。

 

 

1980年代後半、スノーボードはまだ明確な輪郭を持ったカルチャーではなかった。SIMS(シムス)、KEMPER(ケンパー)、AVALANCHE(アバランチ)、GNU(グヌー)、LOOK(ルック)といったブランドが群雄割拠し、業界全体が手探りで前に進んでいた時代だ。NITRO(ナイトロ)のローンチ準備、LIB TECH(リブテック)やVOLCOM(ボルコム)、RIDE SNOWBOARDS(ライド スノーボード)といった後の中核ブランドも、まだ産声を上げる前夜にあった。日本ではバブル景気の真っ只中で、群馬・川場がオープンし、雑誌「SnowStyle」が創刊されるなど、スノーボードが一気に広がる土壌が整い始めていた。
 
そんな中で起きた象徴的な出来事が、クレイグ・ケリーのBurton移籍である。SIMSからの移籍は訴訟問題にまで発展し、ロゴもグラフィックもないブラックボードにまたがりながら世界を制したクレイグは、2年越しに逆転勝訴。1989年、彼の初のシグネチャーモデル「MYSTERY AIR」がリリースされる。
 
クレイグがもたらしたのは、勝利だけではなかった。映像や写真、雑誌における露出そのものに価値があること。滑りは点数だけで測られるものではなく、表現として成立するという考え方だ。
 

「本気で遊ぶ」というジェイクの言葉は、競技としてのスノーボードと、自由な遊びとしてのスノーボードを分断しないための宣言だった。勝つために遊ぶのではなく、遊びを突き詰めた先に勝利がある。その思想が、この時代からBurtonの根幹に据えられていく。

 

 


1992
QUESTION:
IS SNOWBOARDING FAD? スノーボードは、ただのブームに過ぎないのでしょうか?
ANSWER:
GET SERIOUS 冗談はやめてくれ。本気で言っているのか?

 

 

1992年、スノーボードは依然として異端だった。雪山の主役はスキーヤーであり、日本でもスノーボード滑走禁止のリゾートやコースは少なくなかった。ネルシャツやダメージデニムを身にまとった若者たちが雪山に現れる光景は、多くの人にとって違和感そのものだったのかもしれない。
 
そんな時代に、Mack Dawg Productionsが『The Hard, The Hungry and The Homeless』をリリースする。360やシフティ、ジビングといった、当時“ニュースクール”と呼ばれた滑りがシーンを塗り替え、スノーボードはスケートボードから強い影響を受けながら独自の進化を遂げていった。同年にはRIDE SNOWBOARDSが誕生し、ストリートやジブを軸にした新しい価値観が明確になる。
 
「スノーボードはただの流行ではないのか?」
 

この問いは、好奇心ではなく、どこか侮蔑を含んだものだったはずだ。すべてのリソースをスノーボードに注ぎ込み、人生そのものを賭けていたジェイクにとって、「GET SERIOUS」という返答は、怒りと覚悟が混じり合った本音だっただろう。
 

スノーボードは消える文化ではない。むしろ、ここから本格的に始まる──その宣言が、この短い言葉に凝縮されている。

 

 


1993
RIDING IS WHERE THE ENERGY COMES FROM & IT’S ALSO WHERE IT GOES
滑ることでエネルギーをチャージし、そのすべてを滑るためのギア作り注ぎ込む。その繰り返しさ。

 

 

1993年は、スノーボードが世界的に“カルチャー”として定着した年と言っていい。不朽の名作『ROADKILL』が示したのは、コンテストとは別の文脈で成立するスノーボーディングの姿だった。ストリートファッションを身にまとい、スケートボードの延長線上にあるようなライディングが、雪山で展開される。その光景は、世界中の多くの若者を惹きつけた。
 
日本では裏原宿を中心としたストリートカルチャーの隆盛が、スノーボードの急成長を後押しした。滑りとファッション、音楽が自然に結びつき、雪山は表現の場として広がっていく。
 
その中心でジェイクが向き合っていたのは、プロダクトづくりだった。Burton独自の3Dインターフェイスを完成させるため、彼は文字通り死に物狂いで働いていた。しかし、働けば働くほど、自ら滑ることの重要性を再認識していく。
 

だからBurtonは、雪が降ればオフィスを閉め、全員で山へ向かった。滑らない人間に、いいギアは作れない。この言葉は、単なる精神論ではなく、Burtonというカンパニーの行動原理そのものだった。

 

 


2000
THE BEST THING ABOUT SNOWBOARDING IS IT’S NOT HOW YOU LOOK BUT HOW YOU FEEL
スノーボーディングのベストなことは、見かけのカッコ良さではなく、どのように感じるかです。

 

 

1998年の長野五輪をきっかけに、スノーボードは“遊び”から“オリンピックスポーツ”へと急速に変貌していった。競技人口が増え、産業としても巨大化するいっぽうで、点数や見た目に縛られたスノーボードが増えていくことに、ジェイクは強い危機感を抱いていた。
 
「この世にダサい滑りなんて存在しない」
 

彼がそう語った背景には、スノーボードは評価されるものではなく、感じるものだという確固たる信念がある。ブランド創設から22年、ライダーたちと血の滲むようなテストを重ねてきたからこそ、見た目のカッコよさや流行に左右されない“本質”を守ろうとした。
 
スノーボードは、他人にどう見えるかではなく、自分がどう感じるか。その価値観は、競技化が進んだ現在においても、なお鋭い問いを投げかけている。

 

 


2009
HAVE AS MUCH FUN AS POSSIBLE
とにかく、全力で楽しんでくれ!

 

 

2000年代後半、スノーボードは成熟期を迎えていた。バックカントリー、ストリート、パーク。あらゆるスタイルが確立され、テクノロジーは高度化するいっぽうだった。しかし同時に、2008年のリーマンショックが世界を覆い、業界全体に閉塞感が漂い始める。
 
Burtonも例外ではなく、ジェイクは全社員の給与削減や北米社員の一部リストラという、苦しい決断を迫られた。競争は激化し、コンテストは厳格さを増し、ライダーたちは結果を求められる存在になっていく。
 

そんな中、ケビン・ピアスが命に関わる大ケガを負ったことは、シーン全体に重くのしかかった。だからこそ、ジェイクはシンプルな言葉を選んだ。
 

「とにかく楽しめ」

 
複雑になりすぎたスノーボード界に対する、原点回帰のメッセージだった。

 

 


2010
BELIEVE IN SNOWBOARDING
スノーボーディングを信じて。

 

 

2010年に開催されたバンクーバー五輪では、ショーン・ホワイトがダブルマックツイスト1260を決め、オリンピック2連覇を達成。アメリカはスノーボードに熱狂していた。対して、日本では國母和宏の腰パン騒動が社会的議論を巻き起こし、スノーボードが持つカウンターカルチャー的な出自と、オリンピックスポーツとしての立場の乖離が浮き彫りになる。
 
巨大なビジネス、メダル争い、世間の視線。

 
ジェイクが発した「BELIEVE IN SNOWBOARDING」という言葉には、業界全体を代表する祈りのような響きがある。何が起ころうと、スノーボードの価値は揺るがない。それを信じ続けられるかどうかが問われていた。そんなメッセージだったのかもしれない。
 
この翌年、ジェイクは闘病生活に入る。それでも彼が最後まで守ろうとしたものが、この「BELIEVE」という言葉に凝縮されているように思えてならない。
 

 


ジェイクの言葉は、過去を美化するためのものではない。それぞれの時代に投げかけられた問いであり、スノーボードが進化するたびに語られ続けてきたものだ。
 
オリンピックという大舞台に向かういま、その言葉を足元に刻み、ライダーたちは巨大な人工物と対峙する。「スノーボードを信じる」とはどういうことなのか。その答えは、ミラノ・コルティナ五輪の滑りの中で示される。

text: Daisuke Nogami(Chief Editor)

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