BACKSIDE (バックサイド)

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INTERVIEW

地球とともに生きる表現者。AI時代だからこそ際立つ“人の成す”表現。仁科正史 a.k.a. ASA3000の30年と作品集『VOLTEX JOURNEY』

2025.12.30

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大阪万博に世界が熱狂した2025年。スノーボーダーでありアーティストの仁科正史 a.k.a. ASA3000が一冊の作品集『VOLTEX JOURNEY』を世の中に送り出した。
 
AIの発展が著しい昨今。実態のない相手と人々はチャットし、ディスカッションをしている。音楽も、絵や写真も、プロンプトの精度を上げれば”秒”でそれなりのものが完成する。大幅な作業の効率化を進め、昔では考えられなかったことが現実のものとなった。
 
確かに感動はする。ただ、その中で同時に人々は気づき始めている。本当に人の心を動かし、感動させるのはやはり、”人の成す”ものやことだということに。
 
読者の方々の多くはスノーボーダー、もしくはスノーボードに興味がある人だと思うが、スノーボードは大いに人を感動させる要素を持っている。ここでは、仁科の活動を軸に何が人を感動させるのか、何が人の心を動かすのかについて紐解いていきたい。

 

地球とともに生きる、仁科のアート集『VOLTEX JOURNEY』

 

 
彼は語るよりも先に動き、考えるよりも先に感じ、境界など、初めから存在しないかのように生きている。雪をキャンバスにし、身体で絵を描き、岩を見つめ、風と語らい、水の流れに耳を澄ます。それはスポーツでもなければ、アートの枠にもおさまらない。ただひたすらに、「地球とともに生きること」が、仁科の表現であり、呼吸方法だ。
 
北アルプスを舞台に、雪面に壮大で、命を懸けた覚悟の宿るひと筆書きを刻む。そしてそのエネルギーは、キャンバスや壁画へと受け継がれ、アートという形で昇華される。空手の型に込められた精神性、雪山に刻まれたひと筋のライン、インドで触れた水晶の記憶、ブラジルの光に癒やされた時間、淡路島の岩に注いだ祈り。すべてが彼のなかでひとつにつながり、やがて“作品”となって地上に現れる。
 
本書は、そんな仁科が辿ってきた旅路の軌跡であり、彼が見てきた“目に見えないものたち”の記憶である。このページの先には、あなたがいまだ見たことのない世界の風景と、その強烈でしなやかなエネルギーをまとったアートに触れる旅が待っている。
 
text: Akio Iida(SNOW GK / Editor in Chief of VOLTEX JOURNEY)

ランドセルを捨てた少年が、空手とストリートで培った美学

仁科は長野県の北側に位置する大町市に生まれ、その地で育った。6歳から始めた空手は、小学5年時には黒帯の腕前だ。子供から大人までに指導を行うことで世界は広がった。と同時に、学校では学ぶ立場、道場では教える立場になり、マインドが揺れる。
 
そのとき、仁科はランドセルを捨てるという選択をした。とはいっても、ランドセルに入っていたのは、川で魚を素手で捕まえて食べるためのナイフ、塩、そしてマッチだけだったとか。ちょっとブッ飛びすぎた話だが、自然を楽しむ力、感じる力はそうやって自然体のままに身についていったようだ。加えて、人生において携帯電話やPCを所有したことが一度もない。
 
空手もまた、仁科を語るうえで重要なピースだ。空手は指先から足先まで神経を行き渡らせて強さ、柔らかさを表現する。美しければ美しいほど昇級できる。それゆえ、ストイックに鍛錬する中で自然と美しさを意識するようになったそうだ。
 
こうして、必然とアート性を身に染み込ませていったのだった。
 

何気ない所作に滲み出るスタイル。幼い頃から意識し続けた自分の身体は、何よりもそのとき感じたものを無意識に表現する

 
中学生になるとラスタカラーに塗ったラジカセを肩にかつぎ、スケートボードに明け暮れた。初めて買ったCDはボブ・マーリー。レゲエ、ストリートカルチャーに足を踏み入れたのはこの頃だった。
 
本格的に絵を描き始めたのは18歳頃だ。毎年のようにアメリカへ渡ってはグラフィティアートに刺激をもらい、20歳でプロスノーボーダーになってからは今も語り継がれる国産ブランド・SOBUT(ソバット)クルーとして活動しながら、自身の作品をアパレルやボードのデザインとして世に送り出してきた。
 
仁科のアートは、スノーボードとともに育まれていったのだ。
 
彼の作品を見たことがないという人は、まずは仁科のInstagramアカウントから作品を見てほしい。言語では語れない、計れないものをあえて言葉にするのなら、“エネルギー・パワー・パッション”を強く感じる作品だ。実物は非常に大きく、タッチは力強く、実際に対峙するとまさに、心が揺れる。そして揺さぶられる。
 
「経験が出るという点で、アートは楽しいですよね。“あの人みたいになりたい”という感情は自分のアートでは一切通用しない。バレちゃうから。あー、誰かがやってるヤツだ!みたいな」
 
自分にしか出せないオリジナルスタイルにこだわり、五感や六感、肉体、神経、脳みそをすべて出し切って表現し、地球や宇宙のエネルギーを放出すること。それが仁科にとってのアート活動なのだ。
 

「いいものを見ると、“オレもいいことしたい”ってなる」──その感情が最大のインスピレーションとなる

 

プロ30年目の節目に込めた、“勝ち負けに属さないよさ”

2025年でプロスノーボーダーとして30年目を迎えた仁科。今回の作品集はそのひとつの節目だ。
 
「スノーボードって老若男女、みんな楽しいし平和がいいすよねぇ。ワクワクすることって元気になるよね」
 
このように、仁科のモチベーションは根源的な部分にある。
 
駆け出しだった時代こそ大会に出場したが、すぐにスタイルやカルチャーこそが“カッコいい”スノーボードだと気づき、ここまで来た。そんな仁科がよく言う、“勝ち負けに属さないよさ”という言葉には、説得力と厚みが共存している。
 
「今まで山の中で楽しくて、気持ちよくて、素晴らしい世界を味わった。と同時に辛く、痛く、悲しい、逃げたいけど逃げ出せない世界をたくさん味わいました」
 
生死を常に意識する山の深さが自分を成長させてくれた、とも語ってくれた。
 
彼は仲の善し悪し関係なく、人のことをよく見ている。そしてもし、変化の兆しを感じたのなら、そっと手を差し伸べる懐の深さを併せ持つ。それは普段、話をしていても同じだ。人の立場になり、その人が必要な言葉をくれる。そんな愛のある人だ。
 
自身の作品については「生きる喜びと愛が伝わればうれしいです」と語ってくれた。改めて何が人を感動させるのか。いろいろな要素はあるだろうが、大きな要素のひとつに“人間としての魅力”があるのではないだろうか。
 
その人らしさが表現に宿り、表現にはその人らしさが滲む。その根源はまさに、表現しようとする人間自身にあるのだ。それは、表現しようとするすべての人たちに言える。
 
例えばスノーボーダーやスケーターだったら、どこで何をするか、そのチョイスに、スタイルに、またはストーリーに、ライダーの思想や人間味を垣間見ることができる。それらは普段の生活の仕方、向き合い方、人間関係など様々な要素から作り上げられる。
 
さらに表現や作品が生み出される過程で、時に演出、クリエイトなどの力によって100%以上のものとなり人の心を動かす。愛に溢れる人の作品からは素直に愛を感じ、切れ味鋭い視点を持つ人の作品は研ぎ澄まされた切り口の作品となる。
 

自身が見つけてきたセクションであることが、ライディングの100%以上を引き出すカギとなる

 
どの業界の一流も、表現する分野は違えど、みな心の奥に同じ価値観を持っているだろう。人間がよりデジタルに頼るこれからの時代は、扱う側の人間力が今以上に顕著に表れ、試される時代となるに違いない。
 
自然で遊ぶスノーボードを通して培われる感覚や感性、人間関係などは時に、仕事にだって生かされる。筆者はそのことを強く感じている。
 
ぜひ読者のみなさんにも、自分の好きなことを通して得られるモノやコト、目に見えないカタチではないものを大切にしてほしい。また、この記事がスノーボードを新しい目線で楽しんでもらえるきっかけとなってくれたらうれしいかぎりだ。

text + photos: Takuya Nishinaka

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