BACKSIDE (バックサイド)

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COLUMN

どうしてスノーボーダーになったのか──33回目の春に振り返る「原点」と「未来」

2025.04.25

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スノーボードを始める動機って、なんだろう。

学校教育に根づいたスポーツであれば、部活や体育の授業から自然に始まる。親の影響や地域の文化によって始める人も多い。近年では、親世代にスノーボーダーが増えたことで、幼い頃から滑り出すケースも珍しくない。けれど、多くの人にとってスノーボードは、ある程度自由が利くようになった10代後半、バイト代を握りしめてゲレンデに通い出すような、ちょっと特別なスポーツであり遊びだったりする。

千葉県で生まれ育ち、両親も雪山とは無縁だった僕がスノーボードを始めたのは、大学1年生だった18歳のとき。ファッションとしての魅力、スケートボードのようなアクションのカッコよさ、そして、“モテそう”という不純な動機。90年代初頭、ネルシャツにバギーパンツ、スケートの延長線上にあったその文化に、一瞬で心を奪われた。まだ発展途上だったからこそ敷居も低く、雪山で出会う仲間たちはみんな似たようなノリ。技術よりも“楽しさ”が先にあり、遊びながら自然と上達していく、そんな環境だった。

でも、時代は大きく変わった。


スノーボードはオリンピック競技となり、アスリートたちは極限まで技術を高め、国際大会で頂点を目指すようになった。一方で、バックカントリーやパウダーライディングを中心に、雪山という大自然と向き合うスノーボードも大きな潮流となっている。

スポーツとしての完成度は高まった。けれど同時に、その“両極”へと引き寄せられるように、スノーボードは二極化している。そして、そのちょうど中間にあった“遊び”としてのスノーボード──かつてのメインストリームは次第に希薄になっていった。

参加人口は減少傾向にある。スノーボードがスポーツやカルチャーとして進化を遂げた代償として、「どこから始めればいいのか」が見えづらくなってしまったのかもしれない。僕が滑り始めた頃のような気軽なカッコよさ、そして、そこにたどり着くまでのルートが、複雑になってしまったのだ。

ただ、それでも入り口は存在している。たとえば日本では、グラトリと呼ばれるフラットな緩斜面で技を繰り出すジャンルが若者を中心に絶大な人気だ。どこにでもある身近な環境で表現できるこのライディングスタイルは、技術の基礎を磨くという意味でもとても優れている。

僕自身、大学2年生の頃はグラトリに夢中だった。反復しやすい環境の中で、板の扱い方に対する理解が深まり、ボードコントロールの基礎が身についた。その後にのめり込むことになるフリーライディングやハーフパイプにも、あの経験は確実に活きていたと振り返る。気づけば、内定先を蹴って“スノーボーダー”としての道を歩み出していた。

グラトリは、フリースタイルスノーボーディングへのはじめの一歩だ。ただし、そこに留まりすぎると、スノーボードの本質には気づけないのかもしれない。雪山で風を切って滑る自由さや、斜面に自分だけのラインを描く喜びには、なかなかたどり着けない気がする。

スノーボードはジャンプだけじゃない。ターンだけでもない。フリーライディング、パーク、パウダー、ストリート、そしてグラトリ──遊び方が無限に広がっていることこそが、このカルチャーの懐の深さであり、魅力であり、本質なんだと思う。

2025年4月。スノーボードを始めて33回目の春を迎えた。


あの頃と同じ景色はもうないけれど、協調が求められ、個性が尊重されにくいこの日本社会で、スノーボーディングという表現手段を通じて、人生が豊かになる“何か”を、これからも残していきたいと考えている。

text: Daisuke Nogami(Chief Editor)

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