BACKSIDE (バックサイド)

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https://backside.jp/mountain-hardwear_tateyama-backcountry_part2/
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FEATURE

読者スノーボーダーが山岳地帯で体験した圧巻ビッグマウンテンライド【後編】立山バックカントリー滑走編

2024.10.07

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「BACKSIDE CREW」は約600人が在籍する、BACKSIDE SNOWBOARDING MAGAZINEが運営する一般スノーボーダーのコミュニティだ。オンスノーの時期は毎月国内のどこかのリゾートに集まってセッションを行い、その模様をレポートしてきた。そして今回お届けするのは、昨シーズンの終わりに長野と富山にまたがる立山連峰を訪ねた特別編。雪中キャンプにフォーカスした前編から引き続き、後編ではライディング編に突入する。
 

【前編】標高2,300m雪中キャンプ編はこちらから

2日目は待ちに待ったライディング・デイ

 

 

街から遠く離れた雲上の別世界で目覚めたBACKSIDE CREWたち。少し夜中に雨こそ降ったものの、強まっていた風も次第に収まり、穏やかな2日目の朝を迎えていた。
 
「おはようございまーす」
「あ、おはようございます! 昨日は眠れましたか?」
「ちゃんと寝られるか不安でしたが、寝袋がホントに暖かくて爆睡できましたね」
「それはよかった! 今日は8時には出発しますので、みなさん朝ごはん食べちゃってください!」

 

 

すでにドームテント内で朝食の準備を整えていた水間・松本がCREWたちに声をかける。料理人だった昨晩の顔とは打って変わって、またすっかりガイドの表情だ。朝食を手早くとり、早々に身支度を整える。早朝は気温が低く雪面は固いが、太陽が昇って気温が上がり始めると雪が次第に緩んでくる。もっとも雪の状態がよくなるその時間帯を滑るタイミングに合わせ、山を登り始めることになっていた。
 
個人の装備は滑るためのギア以外に、30Lほどの大きさがある小型バックパック。飲み水や防寒具、行動食を入れて各自が携行する。
 
なにより忘れてはならないのが、アバランチセーフティギアと呼ばれるものだ。アバランチセーフティギアとは、雪崩発生時の捜索に欠かせないアバランチビーコン、プローブ、ショベルの必須3アイテムのことをさす。
 
少し細かい話になるが、ここは重要なポイントなので、しっかり説明しておきたい。
 
アバランチビーコンとは、バックカントリースノーボード/スキーや、積雪期の登山など、雪崩に遭う危険性のある山域に入る場合、かならず携行する小型の電波送受信機(英語圏ではアバランチトランシーバーとも呼ばれる)のこと。

 

ビーコンの画面。埋没者までの距離や方向、埋没者の人数などがデジタル表示される

 

行動中はビーコンの電波を発信した状態で身につけておき、誰かが雪崩に巻き込まれて埋没してしまったとき、捜索する人が「受信モード」に切り替えて使う。埋まってしまった人のビーコンが発する電波を受信することで、埋没者の位置を特定することができる機器だ。メンバー全員、ひとり1つ携行する。

 
 

バックカントリーツアーを始める前に実際にスノーセーフティギアを用いた捜索の体験を行った

 

ビーコンで埋没者の場所を割り出したら、いきなり掘るのではなく、次にプローブ(ゾンデ棒)と呼ばれる組み立て式の長い棒を雪中に差し入れ、埋没場所をピンポイントで特定する。プローブは2mの深さに埋まっている人にも無理なく届く3m前後のものが標準的だ。

 

スノーセーフティギアの使い方の説明に熱心に耳を傾けるCREWたち

 

そして、雪崩に埋没してしまった人を掘り出すために必要なのがショベルだ。バックカントリー用のショベルは雪を掘り出しやすい作業性の高さと、持ち歩きやすい軽量かつコンパクトさを備えたデザインになっている。救助のとき以外にも、雪かきやテントを張る前の整地、雪上にテーブルやイスを作る……といった、雪山での生活用具の意味合いも大きい。

 

埋没者を掘り出す人、たまった雪を後方へかく人……とローテーションでグルグル回す

 

これらアバランチビーコン、プローブ、ショベルは“三種の神器”と呼ばれることもあるが、まるで「持っていれば安心・安全」かのように思われるため、最近では「アバランチセーフティギア」などと呼ぶようになっている。残雪の時期よりも厳冬期のほうがより一層雪崩のリスクが高く、アバランチセーフティギアを持たずして雪山に入ることはNGだ。そして所有しているだけでは意味がなく、万一の際に正しく使えるよう毎シーズンのトレーニングも欠かせない。
 
「いやもう汗だくっす!」
「いいウォーミングアップになりましたね。ではそろそろ行きましょう!」
 
早朝に立ちこめていたガスもすべて抜け、頭上には春らしい青空が広がっていた。

 

【前編】標高2,300m雪中キャンプ編はこちらから


標高差500m、未体験のロングハイクアップ

 

 

雷鳥沢キャンプ場のベースキャンプを出発したメンバーは、北東にある雷鳥坂方面を目指した。
 
雷鳥坂は、標高2,280mにある雷鳥沢キャンプ場から2,760mにある別山乗越(べっさんのっこし)までをつなぐ尾根上の急な登山道のこと。もちろん、春は完全に雪に覆われていて見えない。斜面の標高差は下から500mほどあり、今回は別山乗越まで3時間の登りを見越しているとのことだった。

 

前方のはるか上、稜線上にある別山乗越という登山道の分岐点を目指す

 

雷鳥坂。右手奥に窪んでいるのがキャンプ場の名称にも使われる雷鳥沢だ

 

ハイクペースはゆっくりだが、定期的に休憩を挟む。「いや、登ってきたわ~」とノブは下界を眺めしみじみ

 

この高度感! はるか下にベースキャンプが見えた。赤い点がドームテントだ

 

「オレがこんな遊びしてるって子供たちよくわかってないんですよ」とサトジュン。かっこいい父親だと思う!

 

「あの斜面よさそうだよね」
「あ、あっちもよさげ。かなりロングでいけそう!」
 
休憩中、CREWたちは遠くに視線を投げながら、立山の斜面を見て話し込む姿が何度もあった。立山の標高2,300m以上は、高木が生育できなくなる限界高度「森林限界」を超えている。そのためこのあたり一帯は高い木々がなく、視界一面がライディングできそうなスロープだらけ。もちろん危険も伴うが、これも立山がバックカントリーフィールドとして人気の所以でもある。自然地形も豊富だ。まさに、フリースタイル天国。

 

「昨日の居酒屋水間やテント泊といい、今回の立山はオレ的に達成感がハンパないわ!」と名語録を着実に増やす編集長

 

別山乗越まで間もなく。霊山・奥大日岳を背後にラストの登り

 

「着いたー!」と思わず抱きあう。10時ごろ到着

 

「みなさん、がんばりましたね! ベースキャンプからここまで長めに3時間ほど想定していましたが、思っていたより随分と早く登れました。みなさんのペースがよかったからですね」と、水間や松本も安堵の表情を浮かべていた。高所のため空気も薄いこの立山で、標高差500mのハイクアップはCREWにとって決して簡単なものではなかったはずだ。
 
だが……そう、メインディッシュはここからである。

 

【前編】標高2,300m雪中キャンプ編はこちらから


冒険、挑戦、新境地。これぞ圧倒的スケールの超特級ライディング

この日、水間・松本がライディングで狙っていたのは別山乗越をはさんで雷鳥沢の反対にある剱沢エリア。北アルプスを代表する日本百名山のひとつ、剱岳を巻くように走る大きな沢の周辺を滑る予定で、そのあたりの雪がライディングに適しているだろうというのがガイドふたりの読みだった。行ってみないと実際のコンディションがわからないのも、バックカントリーがゲレンデとは違う点と言えるだろう。
 
ライディングに備えて大休止をとり、行動食でしっかりとチャージする。そして、さらに30分ほどかけ主稜線をトラバースしながらドロップポイントへ移動。

 

 

視界の先にこれから滑るフィールドの全貌が次第に見え、CREWたちは緊張感を高めていく。ドロップポイントに到着するとギアをライディングモードへ切り替え、しばし待機。バックカントリーではメインガイドが先行して滑り、その斜面の安全性を確かめ、ツアーメンバーと一緒に待機しているもうひとりのガイドに雪面のコンディションをトランシーバーで伝える、という流れだ。
 
「では僕から行きますね。3、2、1、ドロップー!」
 
掛け声とともに水間が滑り出した。

 

“岩の殿堂”剱岳の雄姿を背に、リッジ上へ長いラインを刻んでいく。なんと優雅でダイナミックなライディングだろうか。斜面の広さを味わうように大きな弧のターンを描き、ボトム方向へ滑り込んでリグループ(再集合)ポイントへ下りていく。その時間の長さはたっぷり2分はあった。
 
「うわ、長いね……」
 
豆粒ほどの大きさになってしまった水間を見て、誰かがその距離の長さ、山のスケールにまた感嘆する。そこでトランシーバーが鳴った。
 
「雪はよく走ります! ただ全体的に雪面に凹凸があるのと、あとバーンがとにかく大きいので想像以上にスピードが出てしまうと思います。各自ボードコントロールをしっかり行ってください。では……みなさん、楽しんで!」
 
知り尽くしたホームマウンテン・立山をガイドするよころびが水間の声から漏れ伝わってくる。自然環境が厳しいこの山岳地帯において、無風・陽気。まるで、この春の日が祝福されているかのようにコンディションは上々だ。
 
「ドローーーーーーーップ!」
 
CREWたちが順に思い思いのフォールラインでコーンスノーの斜面に飛び込んでいく。

 

「立山は感動的な景色の中を滑れる贅沢感があると同時に、力量が試された」(ノブ)

 

「名峰をバックに滑る最高に贅沢な時間。スケールの大きさにただただ圧倒された」(クマ)

 

魚たちがまるで自由に大海原を泳ぐようなライディングシーン

 

「Yeah!」「ナイスラン!!」「やばいよ、ここ!!!」
 
完全貸し切りの極上フィールドに響きわたるCREWたちの大歓声。ロープやネット、コース標識も何もない、ただひたすらに野性的な斜面。冒険、挑戦、新境地。もちろんときに荒れた雪面にやられ、方向をミスし、大転倒もあった。だが、これこそ彼らが思い描いた圧倒的スケールの超特級ライディングだった。

 

もちろん滑った分だけ登り返す。30分ほどのハイクアップで別山乗越に復帰

 

大舞台の勝負を終え、メンバーたちの表情も和らいだ

 

帰りは雷鳥沢キャンプ場方面。砂粒のように見えるキャンプ場まで標高差500mの下りだ

 

帰りの斜面は雪質が重く、斜面も荒れに荒れていた。だがそれを感じさせないさすがの松本のライディング

 

「こんなタテ溝みたことない」(野上)。前日まで降った雨の影響で強烈なタテ溝が斜面に刻まれていた

 

スタイルはにじみ出るとよく言うが、まさしくそういうこと。水間が放ったレイバック

 

13時すぎ、ケガなくトラブルもなく、全員が無事ベースキャンプに帰還を果たした。終盤の荒れた斜面に体力を削られ、足も疲労困憊。だが、体の奥底から溢れてくるのは、はじめて味わう種類の高揚感だ。

 

 

「カンパーーーーーーイ!!!!」
「水間さん、松本さん、最高のガイディングでした!」
「こんな経験できるなんて……最高でしたよ!」
「オレ、また絶対にここに来たいです。ギア揃えます」
 
思い思いに興奮を口にするメンバーたち。雪上で飲むライディング後のビールがこのときほど格別だったことはいうまでもない。

 

【前編】標高2,300m雪中キャンプ編はこちらから


狙うは真っ赤に染まる夕景のフィルムクラスト

「みなさん、ちょっといいですかー!」
 
思い思いにテントまわりで過ごしていたCREWたちに、水間・松本から声がかかる。時刻は16時を回ろうとしていた。
 
「今日このあとの予報から、もしかしたら夕景のフィルムクラストが狙えるかもしれません。明日は天気が崩れる予報で、朝イチに撤収して下山になります。もし体力がまだ残っていたらワンチャン狙ってみませんか? 」
 
ご存知の人も多いと思うが、フィルムクラストとは日中に解けた雪が気温低下とともに再び冷えて固まり、雪の表面に極薄の氷の層ができるというもの(クラスト化という)。まるで氷がフィルムのように薄いことからそう呼ぶのだが、一定の条件が整わないとフィルムクラストは出現しない。その上、バックカントリーで山が赤く染まる夕暮れの時間帯を狙えるのは、山中泊をしているときにほぼ限られるのだ。

 

 

「いや、全然いけますよ! 滑れるんだったらもっと滑りたいっす」
 
即答するのはCREW最年少ノブだ。かくして、予定を変更してもう1セッション行うことになった。
 
「ドロップポイントまで1時間くらい。急ぎましょう!」

 

フィルムクラストを求めて貪欲に突き進む一同

 

日帰りのバックカントリーならこの時間帯はすでに下山を終えているころ。影が長い。

 

刻一刻と迫る夕暮れに間に合わせるべく懸命にハイクアップを続け、日没間際にドロップにこぎ着けた。
 
「ドローーーーーーーップ!」
 
CREW一番の弾丸スノーボーダー・ノブが、シャラシャラとフィルムクラスト特有の音をさせながら斜面を滑り下りてくる。剱岳直下の沢でラインを間違えるという痛恨のミスをしたノブのリベンジ・ライディングだ。

 

「サンセットとフィルムクラストのなか滑ることができて本当に感激だった。もっとうまく滑れるようになりたいと思った」(ノブ)

 

大日岳のピークに夕陽が沈もうとしていた。
 
大日岳は、Mountain Hardwearが昨年12月に公開した映像作品『大日 BIG DAY』の舞台。水間とチームライダーの吉田啓介が出演しており、極上のパウダースノーが敷き詰められた大日岳のポテンシャルの高さを世界中に証明した名作だ。そんな山々をながめていると、白い山並みが青い陰をまとい、足元の斜面だけが夕陽を反射させ赤い光を放っていた。雪面を切る音を響かせ、シルエットとなったサトジュンが視界から遠ざかっていく。

 

「まだまだスノーボードを通じて遊べる最高のフィールドがたくさんあることを思い知った」(サトジュン)

 

 

「一緒にこんな経験したら、友情まで芽生えちゃうじゃん!」
 
リグループポイントで編集長が仕上げの名語録を発し、メンバーの笑いが止まらない。そこには、たった1日前にとまどいの表情で入山したとは思えない、ひとつの挑戦をやり遂げた3つの顔があった。
 
経営者や会社員など雪山を下りれば立場は異なるが、スノーボードや山を愛する気持ちは何も変わらないCREWたち。ライフスタイルにスノーボードが完全に溶け込んでいる“一生涯スノーボーダー”たちにとって、その人生の濃度がより増していく契機となるセッションだった。彼らにとってスノーボードはただのギアでなく、雪山を滑空するフリースタイルの翼になった。
 
水間は言う。
 
「立山は日本最高峰のバックカントリーフィールドであり、体力、技術、知識が伴えば滑れるラインは無数にあります。バックカントリーは雪のコンディションはもちろん、景色や天気、ライディング……すべてを含めた最高の瞬間にめぐりあえたときの喜びは言葉にならないほど。その瞬間のために様々なコンディションを経験し、きたる日に向けて準備すること自体が楽しいものだと思います。今回、CREWのみなさんは、荷物の量含めて雪中キャンプという初めての経験に戸惑いがあったかと思いますが、次第にその大変さや過酷さを逆に楽しもうとするみなさんの姿が印象的でした。何より滑りに至るまでの困難もライディングのモチベーションに変えていく姿勢には感激しました!」
 
「立山は積雪量とスケール感がとにかくすごく、日本ではないような景色には誰もが圧倒されるところです。しかも乗り物でアクセスできてしまう。CREWのみなさんは当初いろんな戸惑いや不安があったと思いますが、いざ始まるとみなさん山の魅力に一瞬で取り憑かれてしまったかのように見えました。本当に目が輝いていましたからね。朝から眠るまですべてを全力で楽しんでくれている様子は、本当にガイド冥利に尽きました。バックカントリーは時に自然の厳しさに泣く泣く敗退なんてこともありますが、山が優しく大きく包み込んでくれたときの喜びはハンパじゃありません。それを誰かと分かち合えたらもう言うことないです!」とは松本の言葉だ。
 
心強いふたりのガイド、そして頼れる山岳ギアブランドであることはもちろん、フリースタイル色がより強くなってきた「Mountain Hardwear」のフルサポートで、短くも濃い3日間を過ごしたBACKSIDE CREWたち。スノーボード人生を塗り替えたいま、次はどんなセッションが彼らを待っているのだろうか?

 

 
(完)

text: Ryo Saito
photos: Miho Furuse
Special Thanks: Mountain Hardwear

 

【前編】標高2,300m雪中キャンプ編はこちらから

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