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「誰に勝つとかじゃない」と自分に打ち克ちトリプルコークを決めた平野歩夢がW杯で圧勝
2023.12.17
北京五輪の舞台、シークレットガーデンのハーフパイプで開催されたFIS(国際スキー・スノーボード連盟)ワールドカップ(以下、W杯)での熱戦を終えてから、およそ1週間。戦いの舞台を米コロラド州カッパーマウンテンに移し、今シーズン第2戦のW杯ハーフパイプが行われ、平野歩夢が優勝を飾った。圧勝だった。
その中身がすごかったのだが、まずは結果からお伝えしよう。ひとり3本のランを行い、ベストランのポイントで争われるおなじみのルール。歩夢は3本目に、FSトリプルコーク1440トラックドライバー→CABダブルコーク1440ウェドル→FSダブルコーク1260インディ→BSダブルコーク1260ウェドル→FSダブルコーク1080トラックドライバーを決めて91ポイントをマーク。逆転優勝を飾ったのだ。
1本目はFSトリプルコーク1440で転倒、2本目はFSトリプルコーク1440に成功するも2ヒット目のCABダブルコーク1440で着地に嫌われるという、あとがない追い込まれた状況だった。そのうえでの会心の滑りだったわけだが、ファーストヒットのトリプルコークで若干着地がズレて失速したにもかかわらず、2ヒット目に超高難度なCABダブルコーク1440をクリーンに決めたところに、歩夢のさらなる進化を感じられた。ラストヒットが1440であれば、北京五輪で金メダルを獲得した、いわゆる“人類史上最高難度”ルーティンである。
J SPORTSの生放送で解説を務めさせていただいている筆者は、表彰式を終えた直後の歩夢と話す機会に恵まれた。現地にいないため歩夢から多くの情報を得ることで今大会の難しさを知ることができ、その内容に合点がいくと同時に、歩夢のすごさを改めて痛感した。
歩夢の1、2本目は転倒したとお伝えしたが、彼にかぎらず、今大会では多くのライダーたちがパイプに合わせられていなかった。昨シーズンの総合チャンピオンである平野流佳、前回の北京大会の覇者であり北京五輪の銀メダリストであるスコッティ・ジェームス、この両名は3本のランすべて転倒。3本目については、あとがない状況に加えて歩夢の最強ルーティンを目の前にしたことも一因だろうが、常勝ライダーたちがそうした結果だったのだ。
その理由として、シークレットガーデンのハーフパイプの高さは7.2mあり、高さ6.7m(22フィート)が基準となっているほとんどのスーパーパイプよりも大きいことが挙げられる。そのサイズ差に加えて、現地時間の15時前後に行われた終盤の2、3本目は陽が落ちたことでかなり暗かったようだ。
「滑れる日数も限られている中で、中国の大きいパイプからこっちに来ると、(カッパーマウンテンの)パイプが小さいうえにボトムが狭いというところが、みんなが苦戦を強いられて難しいところでした。自分も全然練習で合わせられないまま、今日も全然ダメダメだったんですけど、優勝を狙っていたので(今回のルーティンは)賭けみたいなところはありました。2、3本目はけっこう暗くて、風も強く、難しい状況でしたね」
このように今大会の状況を教えてくれた歩夢。歩夢の専売特許であるトリプルコークは、語弊を恐れずに断言すればハーフパイプのトリックの中でもっとも滞空時間を必要とする超大技だ。だからこそ、シークレットガーデンからカッパーマウンテンに移動してのパイプのサイズダウンは、出場ライダーの中でもっとも苦戦を強いられる要因だと感じていた。そのうえで、3本目を成功させた要因についてリモートインタビューで聞いてみると。
「自分のやりたいことを諦めなかったことですね。誰に勝つとかじゃなく、自分が満足できるような滑りを求めて諦めずにやったことが、3本目に、まさか練習でもできていなかったような滑りにつながったのかな、と思います」
技術論ではなく、歩夢の答えは精神論だった。技術的には滞空時間が少ない中でトリプルコークを回し切る難しさはもちろん、前述したように、ギリギリ着地を成功させたことでランディング時に減速してしまったにもかかわらず、次につなげられる進化を遂げていた。それは世界中の誰よりも努力する男だからこそ、北京五輪後、W杯に出場していなかったとしても己の滑りを磨き続けてきた結果だ。そのうえで、そのパフォーマンスをどのような状況でも発揮できるか否かは、歩夢が言うように自分を信じ続けられるかどうか、ということなのだろう。誰よりも努力してきた積み重ねがあるからこそ──歩夢を長く取材している筆者は、そう痛感させられた。
インタビューの最後に「本当にカッコよかった。おめでとう!」と伝えると、「ありがとうございます。よかったです」と安堵の表情をにじませていたのが、とても印象的だった。
2位には、歩夢のそれよりも縦軸が弱いものの、前回大会でも決めていたCABトリプルコーク1440を成功させたイ・チェウン(韓国)が、3位にはケガからの復帰戦となった戸塚優斗が入った。
いっぽう、女子はついに新星がFIS大会に参戦し、初出場初優勝という快挙を成し遂げた。昨シーズン、14歳だったため年齢制限のあるFIS大会には出場できなかったのだが、「X GAMES」「DEW TOUR」のプロ大会と呼ばれる大舞台でそれぞれ優勝を飾っていたチェ・カオン(韓国)だ。
2本目、スイッチBS900インディ→CAB720トラックドライバー→FS900メロン→BS900ステイルフィッシュを決めて92.75ポイントを記録。同じく2本目にBSインディ→FS900テール→BS540ウェドル→FS720インディ→CAB900ステイルフィッシュを成功させて90ポイントを獲得していた小野光希を上回り、そのまま逃げ切った。
さらに言えば、ベストポイントを叩き出した2本目。ベテランのケラルト・カステリェト(スペイン)が頭部を強打する転倒を目の前で見たうえで、長時間の中断があったにもかかわらず、集中力を高めたまま臨んでの結果だったこと。ライディングスキルの高さだけでなく、15歳とは思えぬ強靭な精神力が垣間見えたランでもあった。
このように、W杯ハーフパイプ第2戦は幕を下ろした。北米にルーツを持ち、欧米主体であるスノーボードの中でもっとも歴史あるハーフパイプ競技において、さらに言えば、W杯との併催である「US GRAND PRIX」というアメリカ伝統の一戦で表彰台に5人のアジア人が乗ったこと、そして、その中心に歩夢がいることを、日本人スノーボーダーとしてとても誇りに感じられるコンテストだった。
text: Daisuke Nogami(Chief Editor)
男子結果
1位 平野歩夢(日本)
2位 イ・チェウン(韓国)
3位 戸塚優斗(日本)
5位 山田琉聖(日本)
6位 重野秀一郎(日本)
10位 平野流佳(日本)
36位 平野海祝(日本)
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女子結果
1位 チェ・カオン(韓国)
2位 小野光希(日本)
3位 マディ・マストロ(アメリカ)
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