BACKSIDE (バックサイド)

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Hiroshi Fujiwara

INTERVIEW

FREESTYLE FOR LIFESTYLE Vol.1 藤原ヒロシ ✕ 野上大介【前編】
「世界に誇るべき日本シーン」

2019.07.24

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能動的かつ自由にラインを描き、独自性あふれるトリックを繰り出すライディングスタイルを通じて、スノーボーダーでありいち個人としてのライフスタイルが育まれていくのではないか。こうしたフリースタイルスノーボーディングの根幹をひも解くべく、スノーボーダーにして各界で活躍する有識者を招いた対談企画を用意した。第1回目のゲストは、ストリートファッション界のカリスマと称され、常に斬新な仕掛けを生み出してきた藤原ヒロシ氏。

 
 

バックカントリーはスケートボードに似ている?

 
BACKSIDE編集長 野上大介(以下DN): ヒロシさんがスノーボードを始められたのは『ROADKILL』に刺激を受けたからだと聞いていますが?
 
藤原ヒロシ(以下HF): 友達がそのビデオを持って来て観たんです。で、一緒に行こうって流れになって。当時はSTORMYが全盛期で、店に集まるスケーターの子たちもスノーボードにハマり始めてた時代でしたね。
 
DN: それ以前にスケートボードは?
 
HF: やってましたよ。ただ、スノーボードは『ROADKILL』以前をよく知らなくて……。何となくですが、それまではスノーサーフィンっていうイメージを持ってました。でも、『ROADKILL』で登場するトリックは、メソッドやメランコリーのような名前がついてて、どこかスケートっぽくて面白いなと思った記憶があります。野上さんもスケートを?
 
DN: はい。僕もスケートから入ってるんですけど、最初はスケーターのファッションに興味を持って、スケートボードブランドの服を好んで着ていました。でも、それじゃポーザーっていうか、ダサいなと思って実際にやり始めました(笑)。その直後くらいに『ROADKILL』を観てスノーボードを始めたんです。
 
HF: スノーボードはオーリーしたら板がちゃんとついてくるし、スピード感もスケートとはまったく違う。あと、僕は最初に雪山に行った日のコンディションがよくて。だからハマったのかもしれません。スノーボードって初日が大切だと思いません?
 
DN: 初日ですか?
 
HF: 初トライの日にアイスバーンだったら二度と行きたくなくなるかもしれない。逆に雪がフカフカで転んでも痛くなかったら、また滑りに行きたくなるかもしれないじゃないですか。
 
DN: それはありますね。ちなみにサイドカントリーやバックカントリーにハマられたのは?
 
HF: その4、5年後ですね。その頃、BURTONにいた友達と立山に行ったんですが、そこで当時活躍してたナル(吉村成史)とウエ(植村能成)と(小倉)コウタロウと初めて会ったんです。一緒に滑って仲良くなり、その後、(新潟)関温泉に連れて行ってもらいました。それからですね。
 

Hiroshi Fujiwara

 
DN: それまでやられていたスケートと、サイドカントリーやバックカントリーってかなり違うと思うんですが、ハマった理由は?
 
HF: 確かに違いますね。でも、ストリートスケートっぽいところは似てるかも。
 
DN: (布施)タダシも雪山全体をパークのように遊ぶことをテーマに掲げてますが、それに近い感覚なんですかね?
 
HF: そうかもしれない。僕がやってるスノーボードはコンペティションのためじゃないし……パークだと誰かに見られてるなかで練習して上手くならないといけないけど、バックカントリーってそうじゃない。自分が楽しく滑ることができたらいいだけだから。そのなかで自分なりに飛べる範囲のものを飛んだりとか、そんな自由な感じでやってるので。スケートで街中をダウンヒルするのと似ているのがバックカントリーだと思うんです。
 
 

日本の雪山が有するポテンシャルの高さ

 
HF: 最近のスノーボード競技を見ていると、「ん? 何回転??」って思うこともしばしば。でも、本当にすごくないですか? あのレベルは……。
 
DN: 昔では考えられないレベルですね。ただ、最近はカルチャーというよりもスポーツのカラーが強くなっているようにも思うんです。
 
HF: なるほど。でも、それはスケートボードも同じですよね。昔とは別物になってる感がありますから。
 
DN: 現在オリンピックを目指しているライダーは技術的には高いモノを持っていると思います。とはいえ、國母和宏や布施忠のようなラインどりをバックカントリーで描けるかといえば難しいですし、ライディングの表現力自体も違うと思うんです。スノーボードの競技シーンをどう見られてますか?
 
HF: ただただ、すごいなって思いながら見てます(笑)。あと、その子たちがフリーライドの世界も本気でやり始めたら、ものすごく上手くなるんだろうなって。
 
DN: 確かにそうですね。ちなみにX GAMESのような大会もチェックされるんですか?
 
HF: 観ます、観ます。
 
DN: そうなんですね。そういった世界最高峰のコンテストで勝つためには4回転スピンなどが欠かせません。ただ、そういったスノーボードに偏ってばかりでは、一般スノーボーダーとの開きが……。
 
HF: どうしても距離ができちゃう。
 
DN: そうなんです。その穴を埋めることが大切であり、スノーボードメディアとして発信していく自分たちの課題なのかなと思ってます。
 

Hiroshi Fujiwara

 
HF: BACKSIDEのウェブサイトはよくチェックしてますけど、ハイエンドなシーンだけじゃなくて誰が観ても気持ちよくなるような映像も取り上げてますよね? そういうのを観ると僕は雪山に行きたいと思っちゃう。
 
DN: ありがとうございます。紙は後世に残すべきものを、というのがテーマですが、ウェブサイトは雪のない時期も含めて一般スノーボーダーが雪山との距離を縮められる存在でありたいなと思ってます。
 
HF: そのアプローチはやっぱり重要だと思いますよ。
 
DN: スノーボードだけじゃなく、スケートもオリンピック種目になりましたが、そちらも格差は大きい気がしますね。
 
HF: オリンピックを目指している優等生で上手い人と、オリンピックなんか出なくてもいいっていうアウトローな人と分かれてますよね。ただ共通しているのは年齢が若いってこと。そう言えば(平野)歩夢くんもスケートでのオリンピックを目指しているんでしたっけ?
 
DN: 彼が言うには、まだ日本で誰も為し得ていないことだけど、誰でもチャレンジできるっていうのを伝えたくてやっているそうです。
 
HF: そうですか。でも、確実に言えることは、スケートボードもスノーボードも、僕らがやり始めた頃と違うのは、日本人が世界の舞台に立っているってこと。
 
DN: しかも、世界トップレベルで。
 
HF: それって純粋にすごいことですよね。しかも、それは競技の世界だけじゃなくフリーライドの世界でも当てはまる。國母くんのムービー『KAMIKAZU』は本当に最高でしたから。スノーボードが日本で始まった頃には考えられなかったことが起きている。やっぱり、日本っていう環境がスノーボードにはすごいよかったんでしょうね。雪、地形、すべてが。
 
DN: ヒロシさんは世界中に行かれてますが、日本の雪は?
 
HF: 一番いいですよ。ご飯も美味しいし(笑)
 
 

HFがリゾートをプロデュースするなら

 
DN: ここ数年は、たくさんの外国人が来日して盛り上がってますよね。ジャパウ、ジャパウって。
 
HF: ちょっと盛り上がりすぎてますよね。(青森)八甲田でもロープウェーに乗れないこともありましたから。
 
DN: 唐突ですが、もしヒロシさんが日本のスノーリゾートをプロデュースするなら?
 

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HF: あまりラグジュアリーな方向にはいかないですね。どちらかと言うと山荘的な……2段ベッドは絶対にほしい。そのほうが楽しいと思うんです。あとはキャットがあってもいいかもしれない。そして「誰でもどうぞ」っていうよりは、ちょっとしたハードルを設けて、そこを乗り越えた人だけが遊べる仕組みにしたい。
 
DN: どういうことですか?
 
HF: それをやるんだったら面倒くさいからいいやって思えることをいくつか設けて、普通のスノーボーダーはそこまでしなくてもいいっていうか。でも、それらをクリアしないとバックカントリーで滑ることが許されないっていう何かは作ったほうがいいかなって。
 
DN: ある程度のスキルと準備が必要ってことですね。それは面白い。ただ、日本のゲレンデはエリア外に行かせないところが多いじゃないですか?
 
HF: そうですか?
 
DN: 日本のリゾート全体として考えると、まだまだ少ない気がするんですよね。
 
HF: 「この先は自己責任エリア」みたいな立て札もありますが、結局はスキルや知識のない人が入っちゃうから問題になっちゃうんですよね。
 
DN: あとはギアの進化もそれを助長しているのかもしれません。昔のギアだったら辿り着けなかった人が、浮遊感のあるボードに乗れば行けてしまうので。
 
〈つづく〉
 
 

GUEST

 

Hiroshi Fujiwara

 
藤原ヒロシ
Hiroshi Fujiwara

 
1964年生まれ。fragment design主宰。1990年代から現在に至るまで、ストリートカルチャーやファッションの牽引者として活躍している。これまでにNIKEやLEVI’S、MONCLER、BVLGARIなど様々なブランドとコラボレーションし、数多のヒット商品を生み出してきた。また、ポケモンとタッグを組んだ「THUNDERBOLT PROJECT」を発足したことでも話題に。

text: Haruaki Kanazawa photos: Hikaru Funyu

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